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- Date:2025年03月13日
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そろそろ…気持ちを固めようと思った晩秋。つがいのひよどりが姦しく庭の木々を飛び交ったその日、剣心は薫の手を取り、抱き寄せた。
「祝言を…」
そろそろ、祝言を挙げようかと思うのでござるが…
「どうだろう?」
お針の手を止めた後の、突然の言葉に、薫は目をまんまるくして、言葉を失った。まさか。まさか。あなたから、その言葉をもらえるとは。
「どうしたでござるか?」
見れば、大きな瞳から一粒の涙。ぽろりと零れて、薫の手をつつむ剣心の手に落ちた。
「あ…あの…その…」
薫の驚きは無理もない。心が通い合ってからも、しばらくはこのままだと思っていたから、正直祝言はまだ先のことだと思い込んでいたのだ。いや、それどころか、二人の関係は、このまま進みもせず、また、退きもせず、時が過ぎていくのではないかと思っていた。もちろん、妙はそんな薫の心配を一笑に伏したが。
「か…薫殿?」
薫の涙を、悪い方にとったようだ。剣心の表情が一瞬歪む。
「ち、違うわ、違うわ、剣心」
顔を左右に何度も振り、剣心の胸に縋りつく。
「嬉しいのよ。嬉しいのよ。」
だって、こんなに早く、あなたから、求婚の言葉を貰えるだなんて、思ってもみなかったから…
「いや、早いだなんて…拙者は、むしろ待たせてしまったと、申し訳なく思っているでござるよ」
縋りついて泣く薫の肩を、優しく、宥めるようにさすった。
「…待たせてしまって、すまなかった。」
薫殿、顔を上げて…。
剣心の優しい瞳が、薫を見つめる。
「改めて言うでござるよ?拙者と祝言を挙げてくれるか?」
はい。
不束ものですが、よろしくお願いいたします。
薫は三つ指をついて、頭を下げた。
朝、空を覆っていた雲も、時間の経過と共に次第に晴れ、昼を迎えるころには温かな日差しが縁側にたっぷり注がれていた。着物の裾をたくし上げ、頭に手拭いを当てた格好で、その老人は母屋の裏側にある小さな畑から姿を見せた。手には穫ったばかりの大根が握られている。
「よお、どうした?」
その老人――勝海舟――は、訪れた男女に向かって右手を上げた。大根の先っぽから、土がボロボロと落ちる。
「ご精が出ますね」
「ご無沙汰しています」
それぞれが交互に挨拶の言葉を口にする。
「神谷道場の看板娘が、こんなむさ苦しい所に何の用だい?」
隣にいるのは用心棒かい?と軽口を言って、穏やかに笑う緋村剣心を指さした。
「突然に、失礼するでござる」
「なあに、オイラは隠居の身だ。いつだって暇もてあましてるんだ。ま、そんなとこに突っ立ってねえで、中に入んなよ。」
おーい、と奥にいるであろう娘に声をかけた。隠居の身、というのは冗談にしても、今日は確かに暇を持て余しているようだ。なぜなら、いつもこの家に来るたびに感じている殺気が、今日は感じられない。剣心は二人に気づかれないように、安堵のため息を漏らした。
娘は客間に、と促したが、縁側の方が話しやすい、と結局は三人が並んで座った。勝は、たくしあげた着物の裾をぱんぱんと軽く両手で払うと、運ばれてきた麦湯を一気に飲み干した。人心地着いた勝は、ようやく二人に向き合った。
「で?今日はどうした?」
今まで、何度か二人で来ていたが、今日の二人はどこか雰囲気が違った。勝の問いに、薫がもじもじと身体をよじらせる。あの、その、と、ごにょごにょ口の中で言っているが、勝にはよく聞こえない。
「なんでぇ、いつもの薫さんらしくねえなぁ。どうした?厠なら、あっちだぜ?」
知っててそういうことを言うのか、それとも全く気付かないのか。しれっとした表情に、薫が「先生!」と抗議の声をあげた。
「薫殿…拙者が」
苦笑しながら、剣心が薫を制した。
「勝殿、今日は報告があって、こちらに伺ったでござる」
「ほう?なんでぇ、あらたまって」
「このたび、祝言を挙げることになったでござる。つきましては、是非、勝殿にも祝言にお出でいただきたく、こうして参じました」
二人同時に、慇懃に頭を下げた。
「まあ!」
突然、勝よりも先に感嘆の声をあげたのは、勝の娘・逸子である。
「なんでぇ、お逸、びっくりするじゃねえか」
「だって、お父様!こんなおめでたいお話、他にございませんわ!」
逸子は麦湯のおかわりと、薫が持ってきた菓子を出すために、縁側へ来たのだった。
「おめでとうございます!!緋村さん、薫さん!」
逸子は、まるで我がことのように喜び、薫の両手を握った。
「そうか、そうか。ようやく年貢の納め時か」
がははと笑う勝を、娘がぎろりと睨む。
「もー、お父様ったら、どうしてこう口が悪いんでしょう。ね、薫さん。」
気にしないでね、と言って、
「そうだわ!今日はお祝いいたしましょう!お夕飯、召し上がっていってくださいな。」
「え!?いえ、そんなつもりで来たわけじゃ…」
焦る薫に、逸子が「薫さん!?」と詰め寄る。有無をも言わせぬその表情に、たじたじとなった薫が剣心に助けを求めた。
「薫殿、逸子殿につかまっては、いかんせん、拙者とて助けてやれぬよ」
そう言って、笑った。