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ウタカタノユメ

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地獄の天女①

こんばんわ。

ようやく「熟女編」が完成しました。いや~、もう、なかなか進みませんで、どうしようか~と思っていたのですが、ふとした瞬間に自分の中の何かがピンと来まして、ようやく書くことが出来ました。

剣心組の中で、一番集中して書いてしまうのが、実は恵さんだったりするんですね。何でかって、やっぱり奥が深い人だからかな。薫ちゃんと引き合いに出されることが多いですが、好き嫌いで言えばどっちも大好きなキャラなんですよ。けど、突っ込みやすいのは恵さん。彼女の過去が、結構過酷だったから、ストーリーに幅を持たせることが出来るのかもしれませんね。
それに、大人の女は書いていて楽しい。

今回は、観柳と恵の「そういう関係」だったということを前提に、書いてあります。コミックスでは全年齢対象だから、そこまでの表現はなかったけれど、実際は「そういうこと」でしょう。
映画の影響じゃないですが、「観柳」という男をもっと深く掘り下げて書くのも面白いかもしれません。実は、観柳って、恵のことを愛してたんじゃないかって、今回のストーリー書いていて思ったんです。ただ、ヤツは曲がった人間だから、愛情も歪んでる。押し付けるだけの愛、でも、それも愛。

というわけで、とりあえず、今回の作品で、まずは剣心組が勢ぞろい。
今後は旧作も含めて、亀更新で続けていきたいと思います。どうぞ、よろしく。




大邸宅内に与えられた一室は、何畳くらいあろうか。
作りは全て西洋風で、眺めも日当たりも一番いい場所を与えられている。
何の不自由もない。金も、衣服も、食事も、全て。
欲しいままに望みは全て叶えましょう、あなたが望むなら、と狡猾そうな顔の男は、メガ
ネを少し上げてニタリと笑った。「ただし、私の言うことを聞くなら。」いや、もう、断れませんよ。あなたは、絶対私の言うことを聞く。男は黒髪に口づけた。

――あなたの家族を探しましょう。


優秀な医者、もしくは薬に長けている者を探していた。その男の名は武田観柳と言う。今や知らぬものはないほどの大実業家で、政府の要人とも強いつながりがあると言う話だ。
観柳がなぜそうした薬に長けている者を探しているのか、それは阿片を世に流し、莫大な金を儲けようとしているからだ。
その女―高荷恵と出会ったのはいつの頃か。
恵にしてみれば出会ったころの事さえうろおぼえだ。いや、思い出したくないと言った方が適切か。

会津の戦で家族が散りじりとなり、以来ずっと行方を捜している。東京に出てきたのは、会津ではもう限界だったからだ。金銭的にも行き詰った。いくら高荷の名が高名でも、女が生きていくには、明治の世はまだ厳しい。ならば、パトロンを探すしかない。なりふり構ってなどいられるものか。家族を捜すためなのだから。少しくらい汚い手を使ってでも、もう一度温かな家族を取り戻すなら、神様も許してくれるはず。
東京に行けば、少しは今を打開できるだろう。そう思わなければならないほど、行き詰っていたのだ。
果たして、恵は観流に出会った。出会いは最悪だったが。何しろ助手を務めていた職場で、医師が殺され、気づけば自分がさらわれていたのだから。だが、そんな出会いでも出会いは出会い。求めれば、出会えるのだ。こういう出会いなら。蛇の道は蛇なのね、と恵は嗤った。
いつのまにか、恵は「女」を武器にするようになっていた。観柳はそんな恵の手に、わざと乗った。「高荷」と聞いて、すぐにピンと来たのだ。それほど「高荷」の名前は有名だった。
観柳を受け入れた恵は、しばらくしてその使命を受けた。家族と引き換えに、その手を汚した。体ならくれてやる。けれど、己の手を犯罪に使うのは、さすがに躊躇った。ましてや、阿片だ。見つかったら死刑は免れない。

「一蓮托生です」

恵の美しい裸体を、神経質そうな指先で撫でながら、観柳は笑った。
「離しませんよ。私は地獄まであなたを連れていく」
耳元でそれを聞いたとき、涙が流れた。ああ、もう、後には退けぬ。

「よくやりました。さすがは高荷の娘だ」

初めてその薬の製造に成功したとき、観柳は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「好きなものを言いなさい。なんでもいいですよ。あなたのためにもう一軒家を買おうかと思うのですが。どうですか?嬉しいですか?」
観柳は葉巻を咥え火を点けた。嫌なにおいが部屋に漂う。恵は葉巻のにおいが嫌いだった。

「何も、要りません。その代わり、早く、家族を…」

観柳はあからさまに嫌な顔をする。また、その話ですか。
「だって、約束でしょう?あなたはあたしの家族を捜すと言ったじゃないの!」
恵が詰め寄る。観柳は恵を見下ろす。
「恵さん。あなたはもう、後戻りできないんですよ。あなたの作ったこの阿片が、どれだけの人間を廃人にするか、知らないわけありませんよね?」
恵が唇を噛む。

「もう、あきらめなさい。一生、あなたは鳥かごの中で暮らすしかないんです。私と言う鳥かごの中で」

観柳は舌を恵の頬に這わせ、その手で乳房をわしづかみにした。

「や、やめ…」
「やめない」

こっちに来なさい。

観柳に連れられて行った先は、およそ十五畳ほどもある広さだろうか。そこに、薄い煙がゆらゆらと立ち込め、男と女がしなだれ、宙を見、わななき、震え、嬌声を上げるものもいれば、うつろに視線をゆらゆらと動かしている者もいる。どこから見ても尋常じゃない。この部屋を、恵は誰よりも知っている。この部屋は、自分の罪の重さだ。全て、自分の作ったその薬でこうなってしまったのだから。
よーく見なさい、と観柳が恵の首を押さえつける。顔を逸らそうとしても、観柳の手がそれを許さない。

あの男は、呉服問屋の総領息子。
あっちの女は某お大尽の奥方で、向こうで憚りなくまぐわう男女は、今日ここで知り合ったばかりの、貿易商と元お旗本の奥方だ。ほら、恵さん、みんな幸せそうじゃないですか。嫌なこと全て忘れられて、こうして夢の世界で生きているんですよ。

「あなたが作った黄金郷だ」

私にとっても。観柳は声を殺して笑った。

「あなたは私の天女ですよ」

恵は目を強く瞑る。心の中で、何度も詫びた。

ごめんなさい。あなたたちを地獄に落としてしまいごめんなさい。

あたしを天女と言うのなら、それは地獄の天女なのだ。
家族も見つからないのなら、そして、罪だけが増えていくのなら、どうか、あたしを殺してください。そうでなければ、あたしを狂わせてください…
観柳は恵の思いを察したのか、冷たい視線で言い放つ。
「あなたは、死さえも選べないんですよ。全て、私の思うがまま」

もうどうしたらいいかわからない。だが、ただひとつ言える。ここにいては、道は途絶える。これは最後の賭けだと思う。観柳はあたしを鳥かごの鳥だと言った。でもね、観柳。あなたは知らない。鳥は飛ぶ術を忘れない。
恵はその夜、屋敷を飛び出した。命がけだった。

神谷道場の住人は、なんでこうもお人好しばかりなのだ。
今まで恵が居た環境とは真逆な状況に、恵はいささか面食らった。ふとした拍子に、自分がまともではない世界にいたことを思い知らされる。それほど、ここは「まとも」だった。ひょんなことから出会った男―女みたいな優男、けれど滅法腕が立つ。決めた、この男にした。確か、一緒にいた若造が「剣心」と呼んでいた。
元お庭番衆の追っ手から逃げるには、この男が必要だ。
悲しいかな、観柳との暮らしで、悪知恵だけは身に着いた。こんな時に男を使うことなど容易い。どの男も。

「恵殿、まずは落ち着くでござるよ。どうやら深い理由(わけ)がありそうでござるな」

剣心は神谷の家で、洗濯物を干しながら、のんびりと笑った
ああ。この笑顔。調子が狂う。
懐かしい笑顔に出会った気がした。決して責めず、急かさず、そして限りなく優しい。
なんでこの男はこんな笑顔が出来るのだろうか。父の笑顔も優しかった。兄の笑顔も心が癒えた。緋村剣心という男も、何故かこっちが笑顔になれる。
同じ男なのに。
あたしを飼っていた男は、にたりと笑う。人を人とも思わず、人を信じられず、優しさも愛の欠片もない。今さらながらにおぞましいと思った。あの男の手でこの体を嬲られていたことが悲しい。いや、体だけじゃない。自分の運命さえもあの男の手中にあったのだ。

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