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ウタカタノユメ

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新しき光②

…そうでした。

「忍者」は文字制限あったんだ…めんどくさ…

ということで、残りはこちらから。






結局、勝の家で、少し早目の夕食をとることとなった。そのための支度に、薫も逸子と共に厨房に入る。割烹着は逸子のものを借りた。



「まあ、割烹着がお似合いだこと」



手拭いを姉さんかぶりにしながら、逸子は薫を見た。普段からそんなに頻繁に会うわけではないが、勝の家に寄る際は、何度かおしゃべりに興じていた。気心の知れた年上の友人を前に、薫は祝言にはぜひ逸子も来てほしいと告げた。



「そうね。行きたいわ。御代様のご都合を伺って、もし時間があけられるようなら是非参加させていただくわ」



逸子が言う御代様とは、天璋院篤姫のことである。徳川の世が終わっても、勝海舟は天璋院を手厚く助けた。時折、逸子に、天璋院の話し相手を言いつけていたのである。本来、御代とは将軍の正妻の呼び名である。夫を亡くした篤姫に「御代」と呼ぶのはおかしいが、勝も逸子も、他人の目が無い時は、本人の前でも「御代様」と呼んでいた。



「御代様も、きっとお慶びになるわ」



「え?逸子さん、ちょっとそれ…」



「ふふ。私のお友達のことは、御代様には全てお話ししてあるのよ。もちろん、あなただけじゃないからご安心あそばして。」



薫が呆気にとられたのは無理もない。今でこそ、徳川の世ではないが、幕末の嵐の中、必死に徳川家を守ろうとした天璋院篤姫の名は、いまだ人々の心にとどまっている。その天璋院に、自分の事を話したと言うのか…



「御代様、ことのほか、あなたのお話がお好きでいらっしゃるわ。」



「え?ええ?」



「女だてらに剣術道場の師範代を務めているのが、お珍しいのよ。御代様、とても好奇心がおありだから」



逸子はふふふ、と肩をすくめて笑った。



「さあ、何を作りましょうか!こんなおめでたいこと、めったにないわ。腕が鳴るわね」



着物の袖をたくしあげ、たすきがけをした。てきぱきと準備する姿は、どことなく恵に似ていた。



 



「それじゃあ、緋村、こっちはこっちで畑へ行ってくるか」



縁側から立ち上がった勝が、再び裾をたくし上げた。さっき穫ってきた野菜だけでは、具材が足りないと逸子に言われたのだ。



「おめえさん、手伝ってくれるか。逸子のやつ、どうも口うるさくていけねえや」



ったくもうよ~、と口先でぶつぶつと文句を言う。だが、その文句の端々に逸子に対する愛情が感じられた。維新の英雄も、家に入れば娘を溺愛する一人の父親なのだ。ふと、剣心は思った。自分の行く末にも、このような幸せな時があるのだろうか。薫と夫婦となり、いずれは子を生(な)し、父となる。我が子の成長に一喜一憂する幸せを、己は築いていけるだろうか。



土に鍬を入れ、中から大根を掘り出した。勝も剣心も黙って手を動かしている。



不思議と、土を触っていると心が落ち着いてきた。ついさっき心を過ったこの先のことを、少し冷静に思えるようになっている。



「おめえさんは、少しばかり、考えすぎるところが欠点だよな」



よっこらしょ、と腰を上げ、うっすらと滲んだ汗を手の甲で拭った。



「あ~、腰が痛ぇ。もうこれだけとれば、お逸のやつも満足だろう」



勝は疲れた疲れた、と呟きながら、石の上に座った。勝専用の椅子代わりの石だろう。



「何を考え事してやがる?また何か厄介ごとか?」



ふふんと洟を鳴らした。



「いや、そうではないでござるよ。別にたいしたことではござらん。ただ」



「…ただ?」



「己の来し方行く末を考えていたでござる。今まで歩いてきた道、そしてこれから薫殿と祝言を挙げ、いつかは親となる。そんな日が当たり前にくるのであろうか、と。まだ実感が湧かないのでござるよ」



「あったりめえだ。そんな先の事、わかるか」



だがな、と勝は腕組みをした。



「過去を振り返るなとは言わねえよ。だが、それよりも未来(さき)に待つ幸せなことを考えろ。そんな難しいことじゃねえ」



「勝殿」



「オイラもおめえさんとおんなじだ、緋村。維新に関わっていた幕府のやつらは、全て同罪だろ。実際に人を殺めてはなくとも、この国をどうにかしちまったことに、一生責任を持たなけりゃならん。おめえさんがこの日本を案じ、人のために動こうとするなら、まずは薫さんと幸せになれ。自分が幸せにならなけりゃ、人を幸せにすることなんて、できねえよ。あのひとは、人を正しいところに導いてくれる力を持っている。おめえさん、ほんとにいい女、見つけたなぁ」



剣心は掘り出した大根を持ったまま、勝の顔をじっと見据えた。



どこにでもいる優しい眼差しの老人は、だが、しかし、幕末という荒海に身を投じ、日本と言う国を変えた男である。その男の言葉は、剣心の心に優しく強く響く。



自分が幸せにならなければ、人を幸せにすることは出来ない。その言葉が剣心の心にしっかりと刻まれた。



この先、どんな苦しいことが起ころうとも、自分の傍には薫と言う伴侶が付いていてくれる。与えられた命を、与えられた時間を、薫と共に大切に生きて行こう。



雲の切れ間から太陽が顔を出し、二人の男を同時に照らす。



「あったけえなぁ」



「そうでござるな」



幕末を生き抜いた男たちは、剣のかわりに大根を手に持ち、笑いあったのだった。



 



それからしばらくして、剣心と薫の祝言が神谷道場で行われた。ささやかだが、二人を慕う人々が集まり、宴は温かな雰囲気の中で滞りなく執り行われた。



だが、参列者の中に、勝の姿はなかった。



「父は京都に行きました。突然、何を思い立ったのか知りませんが」



やや呆れ顔で逸子が言う。



「せっかくお招きいただいたのに、本当にごめんなさいね」



詫びる逸子、残念がる薫の横顔を見ながら、勝が再び動き出したと剣心は思った。



隠居などとんでもない。



やっぱり、あなたは、この国を動かす重要な人なのだ、と祝いの酒を受け取りながら、剣心は思ったのだった。



ふと手渡された酒を見る。そこに小さく書かれた句を読んだ剣心の口元に、穏やかな笑みが浮かぶ。



 



新しき 光溢るる 秋の空

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