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ウタカタノユメ

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もはや、恋⑤

こんばんわ。

今日のカテキン地方は朝から風が強くて、寒い!!日ごろ温かなこの地域ですが、今日は真冬の一日でした。
そんな中、娘とショッピング。娘との買い物は楽しいですね。まあ、お金は愚息と行くよりかかりますが(笑)
私も今冬、ブーツに初挑戦!今まで、どうも恥ずかしくて買わなかったのですが、何だか娘につられて買ってしまいました。
私の大根に合うブーツがあって、良かった(笑)

さて、「もはや、恋」今日は5話です。
見合いの本番を前に、剣心の心は更に揺れます。「何で、揺れるんだ?」って本人、首ばかり傾げてます。さあ、そこでトリ頭は…?

よろしければどうぞお楽しみください。






薫の身体の感触が、未だに剣心の両手に残っている。不意とは言え、身体を抱きとめるとは思っても見なかった。剣心は両手に残った感触を名残惜しそうに、ぎゅっと拳を握り締めた。

柔らかい…それが正直な印象だ。抱きとめた瞬間、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

別に恋をしているわけもないのに、弥彦から聞いた「縁談」という言葉を聞いた途端、自分の中で何かが変わり始めている気がしてならない。そして、確実に、剣心の心を揺さぶっている。ただ、まだその揺れは、確かなものではないが…。

「いかん…こういうことがあるから、あらぬ噂をたてられるのだ。今後はもっと気を引き締めなければ。薫殿のためにも」

わざと口に出してみた。言葉にすれば、自覚できる。
「おい、剣心!腹減ったよ。メシ、まだなのかよ?」
弥彦が待ちきれないとばかりに、台所に入って来た。
「おお、すまぬ。間もなくでござるよ。」
さっきの事などなかったように、剣心はいつもの笑みを浮かべた。
平常心…と、心の中で念じる。
「ほら、口あけて」
弥彦に言うと、芋の煮っ転がしを口に入れた。美味ぇ、と唸るように言う。

「そうだ。薫の見合い、三日後だって」

もぐもぐと口を動かしながら、鍋に手をかけている。もう一つ、つまみ食いをする気だ。その時、奥から、がしゃん、と皿が割れる音がした。
「何だ?どうした?」
弥彦は、鍋にかけた手を離し、音のする方へ身体を向けた。慌てて欠片を拾う剣心の後姿は、どことなくぎこちない。
「なあ、お前、最近おかしくねえか?とんちんかんなことばっかりやってるよな?」
両腕を頭の後ろで組み、怪訝な顔で剣心を見た。左之助から、煮物を焦がしたことは伝わっているようだ。剣心は振り向きもせず、「そうでもござらんよ」と力なく笑った。


その日の朝は、気持ちいいほどの快晴で、太陽の光も眩しいほどだ。ひところの寒さは既に収まり、頬を撫でる風も柔らかい。
昨夜ほとんど眠れなかった。明け方辛うじて眠りについて、朝は剣心に三度声を掛けられて、ようやく目を覚ました。
眠れなかった理由は、ただ一つ。いよいよ、今日がその日なのだ。薫の脳裏に、意気揚々とその場をしきるであろう、前川夫人の顔が浮かんだ。
結局、剣心には今日のことは言っていない。考えてみれば、特別な仲でもあるまいし、言う必要もない。言ったところで、剣心がその縁談に反対する理由などひとつもないのだ。
道場主と居候。ただ、それだけの関係。至って簡単な間柄だ。

――彼は私のことなど、これっぽちも思っていないのだから。

例えば、明日から別の男性と暮らします、と薫が言ったとしても、剣心は笑って「そうでござるか」と言うだろう。そして、当然の如く、この道場を出て行くだろう。そう、あの飄々とした顔で…。
こんなに近くにいるのに、どうして届かないんだろう。
布団の中で、薫は唇を噛んだ。

平気よ…今までだってそうだったんだから。

そう思えば思うほど、寂しさは募る。
あのひとを、この道場に留め置かなければ、こんなに辛い思いをすることはなかった…今日ほど剣心を引き止めてしまったことを後悔した日はない。
前川夫人の手前、今日の見合いには出席するが、答えはすでに決まっている。
当然、断る、と。
ただし、断ったところで、剣心との関係が変わるわけではない。
やっぱり、どんな状況でも私は一人なんだ、と薫はとめどない寂しさに襲われた。


「行ってらっしゃい」
と、剣心はいつもの笑顔で薫を見送った。
胴着ではなく、余所行きの着物を着ているにも関わらず、その理由も聞かなかった。せめて、行き先だけでも尋ねてくれればいいのに…
行きがけに、玄関の引き戸に手をかけ、「私ね…」と言いかけた。
けれど、その先が続かない。しばらく沈黙していたが、「やっぱりなんでもない」
と、呟いた。振り向きざまに、
「行ってくるね」
と笑顔を向けたのは、薫の精一杯の強がりだった。


太陽が差し込んで、日差しが眩しい。この温かさなら、桜の開花もいつもより早いかもしれない。
剣心は空を見上げて、目を細めた。白い雲がのんびりと風に吹かれて流れていた。
瞼の裏に焼きついているのは、薫の後姿。いつもより念入りに結い上げた髪、普段見たことのない余所行きの着物。薫の口からは聞いてはいないが、見合いの席にはぴったりの格好だ。
この縁談を止める理由など、自分にはないのだ。
大体からして、自分の立場自体がおかしい。それは、先般、魚屋の女房に言われたことで、はっきりとわかった。よかれと思ってここにとどまったことが、結局薫の立場を悪くしているのなら、早々にここを出て行かなければならない。当たり前のことだ。
そして何より、居候は主の都合如何で、引き払わなければならない。
なんと答えの簡単なことか。
それなのに。

「何故だ…」

何故こんなに動揺しているのか、自分でも不思議だ。
縁談と聞いたときに感じた違和感。
見合いの日取りを聞いたときには、不覚にも皿を落とした。


「よお、色男。しけたツラしやがって。どうした?恋患いか?」

意地悪な声の主が、後ろから声をかけた。。

「…そんなものではござらんよ」

そう言いながら、左之助の気配にさえ気付かなかった今の状況を思えば、否定する言葉にも力が入らない。
「隣町の道場の次男だってな。腕にも多少の覚えはあるそうだ」
「…そうでござるか」
「多分、嬢ちゃんはこんな話、断るだろうな」
「…何故でござるか?おなごの幸せを考えたら、そういうちゃんとした男と所帯をもって暮らした方が…」
そこまで言って、絶句した。
薫の幸せを思えばこその言葉が、自分にとっては何と残酷な言葉なのか。自分の言葉に、心が右往左往している。その剣心の動揺を、左之助は見逃さなかった。

「早く行かないと、取られちまうぜ?一番、大切なもの」

それとも、と言って、左之助は次の言葉を続ける。

「俺がもらっちゃっても構わねえんだったら、さらっちまうぞ?」

その言葉に、剣心は左之助を凝視した。
「素直じゃねえな、お前って」
「買い物に行ってくる。おぬし、ここの留守をたのむでござるよ」
剣心は手に持っていた箒をぞんざいに放り投げると、

「味噌と醤油が切れていたでござる。買って来なければ…」

そう言って足早に道場を出て行った。
稀代の剣客の慌てぶりは、トリ頭にとってかっこうのネタになる。両腕を組み、口元に不敵な笑いを浮かべた左之助に、生意気盛りの小童が近づいた。

「味噌と醤油、昨日剣心買って来たばかりだぜ?すげえ買いすぎて、薫に文句を言われてたくせに。まだ買うのかよ?一体何の料理作るんだ?」
「そりゃ、誰も食ったことのねえ食い物に決まってらあ。ま、甘くなるかしょっぱくなるかは、アイツの味付け次第だけどな。多分、おそろしく手の込んだ料理になるだろうなぁ」
「げ?俺、あんまりしょっぱいの勘弁だぜ?薫の作ったのなんて辛くて食えねえからな」
弥彦が思い切り顔をしかめた。

「ところで、お前って薫みたいなのが好みなのか?アイツ、女じゃなくて、男みたいだぞ?胸、ないし。」
「…ばーか。ガキは黙ってろ」

温かな風が、庭を吹きぬけた。庭先に干された洗濯物が、気持ちよさそうに揺れている。左之助は、これからの二人を思って笑みを浮かべながら、思い切り伸びをした。

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