その空は、高く② Category:その空は、高く Date:2013年01月18日 こんばんわ。毎日寒いですね。ダイエットと言うは簡単ですが、なかなかうまく捗りません。やっぱり、間食が一番の原因…だよね~~でも、やめられないんだもんッ!!さて、「その空は、高く」後編です。感想などいただけたら、うれしいや~~! 「すでに…ご存知だったでござるか。」「まあな。で、お前さん、これからどうする気だ?そんな苦虫潰したみてえなツラぁして。ここに来たからには、なんか言いてえことがあんだろう?」「…そんな酷い顔をしているでござるか?」無意識に片手を頬にあてた。「おお、死にそうなツラしてやがるぜ?」そうか…そんなに切羽詰っていたか、と他人から指摘されて己の思いを知った。それほどまでに、心が揺れているのか。「今回の首謀者をご存知か?」「いや」と言って勝は目を背けた。だが、すぐに視線を剣心に戻した。「見当はついてるがな」「見当?」「さしずめ、おめえさんの後輩ってところか」いや、これは見当ではない。おそらくこの男の元には、明治になった今でも、内密に情報が届くようになっているのだ。オイラは隠居の身だぜ、と言いつつ、その眼光は未だ衰えてはいない。「“島原の太夫”も、色男にはずいぶん振り回されるんじゃねえのか?」「…勝殿は、何でもお見通しでござるな。」剣心が苦笑する。「そうかい?」勝はふん、と鼻をならした。「かの有名な、人斬り抜刀斎を知らねえんじゃ、幕末を生きたとは言えねえなぁ」剣心の肩がぴくりと揺れた。勝に己の素性を知らせたことはない。全く、この男はどこまで、そして何を知るのか。この男が未だその眼光を光らせていると言うならば、今回のことをどう見るのだろうか。「勝殿は、志々雄をどう見るでござるか?」「…そうよなぁ。面白がってるんじゃねえのか?ヤツにとっちゃ遊びみてえなもんだ。真剣なお遊びだ」「その遊びに付き合わされる、何の罪もない人はたまらんでござるな」「…止めてみるかい?」「拙者が出れば、止まるでござろうか…」剣心の目が揺らいだ。「行く気はあるんだろう?ただ、思い切りがつかねえ。お前さんほどの男が戸惑う理由は何だ?」「…勝殿」「ま、男が迷う理由に、女は付き物だ。おおかた、そんなところだろう」「いや…」眉間に皺を寄せた剣心の否定の言葉を、勝は一笑に伏す。「そんな考えること、ねえだろう?」勝が湯呑の茶を飲み干した。冷めちまったな、とひとりごちる。「ご大層な理由がなけりゃ、お前さんは動けないのか?」その言葉に、剣心が目を剝いた。「例えば、好いた女がいる。その女の笑顔を守るために、動く。その女のためにだけだ。他は一切考えねえ。」それじゃ、ダメなのかい?勝は剣心の顔をまっすぐ見ている。ああ。そうか。動く理由がここにあった。薫の笑顔が剣心の頭に浮かんだ。桜色に頬を染めて、満面の笑みを自分に向けてくれる薫を、愛しく思い始めている。それは、先日思い知った。その笑顔を守るために、そう、彼女のためだけに、京都に行こう。剣心は、深々と頭を下げた。すでに、陽は傾き、東京の街を茜色に染めている。この空を見ている限り、なんの変わりもない。昨日も今も、そして、明日も。市井に生きる人々は、何の疑いもなく今日と言う日を営む。この国が再び危機に直面していることなど、微塵も疑わずに。子供の泣き声がどこからともなく聞こえてくる。惣菜売りの少年の声は、少し風邪気味のようだ。亭主を急き立てる、勘の強い女房の声。どれもこれも平凡な、だが、幸せな日常の中に存在するものだ。そして、あの女性(ひと)の笑顔も、また然り。決して曇らせてはいけない。きっと別れを告げれば、彼女は涙する。けれど、それはほんの束の間の事だ。長い目で見れば、その涙はやがて笑顔に変わる。――好きな女のためにだけ動く。ただそれだけのために。それで十分だ。それ以上の理由など、ありえない。あなたが幸せならそれでいい。あなたが笑ってくれれば、それでいい。だから、動こう。あなたを守るために。気づけば、橋の中央に来ていた。再度そこから川面を眺める。ゆらゆらと揺れる波を見ていても、もう心が揺らぐことはなかった。最後に、あなたにもう一度会って行こう。剣心は、夕闇迫る街を、少し足早に、道場に向かって歩き始めた。「お父様、ただいま帰り…あら、お客様がいらしたんですか?」勝の娘が、風呂敷包みを部屋の隅に置いた。いつものところに茶の盆が無いのに気づき、父親に声をかけた。「珍しい。こんなところにいらっしゃるなんて、どなたです?」「ああ?客?」縁側で横になっていた勝は、ううーん、と一度伸びをした。「もう、お父様、そんなところで寝てたら風邪をひきますわよ?宮様も、最近『勝が来ないのは体を壊しているのか?』とご心配くださってましたわ」「知るか、んなこと。女の長話になんぞ、付き合ってられるかよ」「また、そんなことを。」呆れたように娘は言って「で?お客様はお帰りになったのですか?ちゃんとお茶、お出ししたでしょうね?」どうやら時々勝は、客が来ても茶さえ出さないこともあるようだ。「客…ねえ。ま、客って言えば客だが。面倒くせえ客だよ。今一番の頼みの綱なんだろうけどな。」なあ、抜刀斎さんよ…勝は束の間、面倒くさい客の顔を思い浮かべた。とことんまでやってみろよ。ぐたぐた御託並べる前に、動いちまった方が吉と出ることもあらあな。娘は洗濯物を取り込んだり、部屋の片づけをしたり、と忙しそうだ。帰って来たら、ゆっくり酒でも飲みながら、京都の土産話でも聞かせてくんな…勝は大きな欠伸をすると、もう一度ごろりと縁側に寝転んだ。勝の目に入った空は、吸い込まれそうなほど髙かった。 [13回]PR