かなりや~明日~① Category:かなりや Date:2013年03月23日 こんにちわ。今読んでいる佐伯泰英「居眠り磐音」シリーズに、何故こうもはまるのか、と考え、そりゃそうだ、と納得。「るろうに剣心」と似ているからなんですね。男女の設定に、これほど美味しいモノはありません(笑)過去に美人の妻もしくは許嫁。けれど非情な運命で死別、もしくは生き別れ。主人公は過去を捨て東京(江戸)に出て、市井のなかでひっそりと生きることをのぞむのだけれど、あまりに剣が強く(おまけに美男)、また人望厚いため、一度事が起こると結局そこに首を突っ込み、みごと解決しちゃう。明治政府もしくは幕府の覚え目出度く、なんとか政府重職もしくは幕府重臣にとりたてたいが、本人は全く意に介さず。東京もしくは江戸で出会って世話をやいてくれる女性は、明朗活発、太陽のような女性で、「剣術小町」もしくは「今小町」と噂されるほどの美人。当たり前のように男に片思い、けれど、その男の過去と妻もしくは許嫁の存在があまりに大きく、なかなか前に踏み出せない。男も目の前にいる女性を気にしつつも、なかなか思いを上手く出せず、ジレジレな状態がしばらく続く。結局最後は夫婦になるのだけれど、まあ、このじれったい関係、過去との絡み、こんな設定にはまるひとは多いと思う。今日は土曜日。これをUPしたら、磐音DVDを楽しみます。もう、目がショボショボ…今日からは「かなりや」最後のシリーズ~明日~です。私にとって書き甲斐100%な、恵さんの話ですので、感情移入しちゃいました。やっぱり、恵さん、いい女だわ。 畳の上にごろりと寝転べば、開け放した部屋の向こうには小さな庭があり、視線を上に移せば真っ青な空が見える。夏特有の湿った風が音も無く吹き込み、恵の体を一瞬のうちに包みこんだ。とにかく今は眠くて仕方がない。寝転がったが最後、体を横に向けることさえ億劫だった。午前の診療を終えて、ようやく奥の間に引っ込むことができた。と言っても、もう昼食の時間はとっくに過ぎている。さっきまで腹の虫がうるさく鳴っていたが、今は「ぐう」ともならなくなった。次から次へと患者は来る。それを玄斉と共に片端から診て回る。恵が玄斉の診療所に住み込みの女医として暮らし始めてから、五ヶ月が過ぎようとしていた。腕のいい二人の医師の評判を聞きつけて、診療所は日を追って患者数が増えている。いくら助手を雇っても、焼け石に水。時間などあっという間に過ぎるほど多忙な日々に追われていた。正直、体が悲鳴をあげていた。食事も、睡眠時間さえも十分に取れないことがある。この仕事は決して嫌いではないけれど、あまりの忙しさに大事な何かを見落としていそうで、それが怖いと思うこともある。その不安を除くためにも、今はとにかく眠ってしまいたかった。十分に睡眠をとりさえすれば、心も体も軽くなるような気がした。だが、それが出来ないのが今の恵だ。自分を信じてわざわざ遠いところから来る老人もいる。そんな人々を邪険にあつかえるはずもない。たとえ時間外だとしても、それが夜中であろうが早朝であろうが、自分を必要とする人がいれば、軋んだ体に鞭を打ってでも、恵は患者の元を訪れた。「先生、どうしてそんなに動けるんですか」いつだったか、往診の途中、助手に聞かれたことがある。「さあ、なぜかしらね」と曖昧な返事をしたが、その答えはわかっている。何故なら、自分をこの道に導いた人と同じ生き方をしたかったからだ。今、この時も、京都でこの国を救うために戦う、唯一、恵が愛した男だ。「剣さん…」ぼんやりと、夏の太陽が降り注ぐ庭を見ながら、恵はその男の名を呼んだ。どのくらい経っただろう。ほんの少しだけ眠ったようだ。恵の目を覚ましたのは、となりの部屋から聞こえる鳥の鳴き声。かなりやだ。恵は両手で二三度目をこすり、ゆっくりと体を起こした。時計を見れば、三時を回ったところ。三十分は眠れたようだ。心なしか、体も頭もすっきりとしていた。「お前が起こしてくれたの?」ぴぴぴ、と少し高めの声で鳴く、黄色い羽の持ち主に、恵は優しい笑顔を見せた。―――これをもらってください。ネクタイを締め、スーツをきっちりと着こなした男が恵の前にその鳥かごを差し出した。黄色い羽が忙しなく狭い鳥かごの中を行ったり来たりしてる。突然の申し出に、恵は目を丸くしてその男の顔を見つめた。見るからに高価なその鳥は『かなりや』という種類だという。「今日が最後の診察だったんですよね」男は少し緊張した面持ちで、けれど、決して恵から視線を外すことなく、真っ直ぐな瞳で恵を見つめていた。ああ、そうだ、と恵は自分の書いたカルテを頭に浮かべた。確か、肺に持病がある男だった。この診療所に来たばかりの頃は、ひ弱な感じのする男だった、と玄斉が言っていたのを思い出した。――それが今や、一端の貿易商社の社長さんだ…その男が、先日、恵の元を訪れて、「お別れです」と伝えた。聞けば仕事で上海へ行くという。中国向けの商品が上手く当たって上海にもう一軒会社を建てると言う。「それで、このカナリヤを私に?」半ば強引に手に持たされた鳥かごと、その男の顔を恵は交互に見ていた。何故わたしに…と言いかけて、言葉を飲んだ。男の目を見れば、その理由は痛いほどわかった。敢えて野暮なことは聞くまい。「あなたに貰ってほしいのです。あなただから…」男は後に続く言葉をしばらく探していたが、小さなため息を一つついた後に「お元気で」と呟き、踵を返した。恵は男の背中を複雑な気持で見ていた。自分も、あの男と同じような目をして、一人の剣客を見ているのだろうか。「さ、餌をあげましょうね」かなりやの黄色に剣客の緋色の髪を重ね合わせながら、恵は静かにその場に立ち上がった。午後の診療を始める直前に、その報せは届いた。診療所で小間使いとして働く少女が差し出した何通かの郵便の中に、それは入っていたのだ。「―――薫ちゃん」『高荷恵様』と書かれた宛名の裏には、差出人の神谷薫の名前が書かれてある。一瞬、眩暈がした。京都で繰り広げられているであろう凄惨な戦いの場面が、恵の脳裏に浮かぶ。自分でも震えているのがわかったが、小間使いの少女の心配そうな声に、「大丈夫よ」と小さく答えた。しっかりしなくては…もしもこの文の内容が最悪の事態だとしても、冷静に受け止めなければいけない。自分は緋村剣心という男に、再び生きる道を与えられたのだ。本来なら死をもって償うべき己の罪を、医者として生きる事で償っていけ、と導いてくれた。だから、何があっても自分はこの道を全うしなければいけない。それが最悪な結果でも全てを受け入れよう、と決心したのだ。そう、あの日。剣心がこの街を去った日から。だから、弱音を吐いてただ泣くばかりの薫を叱咤した。それが自分の役割だと思ったからだ。剣心が一番大切に思う存在を、奮い立たせることも自分の役目だと思っていた。例え、己の気持に蓋をしてでも。だが、実際に薫からの文を目の前にすれば、恐怖も湧いた。もしもそれが彼の最期を知らせる文だとしたら、果たして自分は尋常な精神を保てるだろうか。震える手が封筒を開けた。恵様剣心が大怪我を負っています。警察病院の手当てで一命は取り留めたものの、予断は許されません。至急、京都まで来てください。助けてください。あなたの力を貸してください。時候の挨拶も、何もない、ただ事実のみが書かれた内容に、恵は事の重大さを感じた。一命は取り留めた、とあるのは不幸中の幸いだったが、それでも瀕死の状況であることに変わりはない。行きたい…今すぐにでも、京都へ。だが、恵は逡巡していた。医者としての責務を忘れたら、剣心を裏切ることになると思ったからだ。例え…そう、例えどんなことが起ころうとも、己の職場を離れない。必要としている患者がある限り、勝手な行動は許されなかった。それは、恵自身が自らに命じたことだった。答えを出さぬまま、恵は文を机の上に置いた。落ち着かない心を自らなだめながら、恵は診療室へ向かった。午後も恵を必要とする患者が待っている。誰もいなくなった部屋に、かなりやの美しい鳴き声だけが響いていた。 [6回]PR