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ウタカタノユメ

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かなりや~明日④~

おはようございます。

いよいよGWですね。みなさまは、どのようなお休みをお過ごしですか?
私は、ちょこちょこと買い物行ったり映画に行ったりと出ております。今日は主人の実家にご機嫌伺い。
でも、日帰りで帰って来ます。もう、泊まりはご勘弁願いたい(笑)

さて、「かなりや」最終回となります。
恵さんの切ない恋ごころ、どうぞ読んでやってください。

では。

左之助とは病院の入り口で別れた。治療さぼるんじゃないわよ、と背中に声をかけたが、包帯で巻かれた手を顔の横でひらひらと振り、
「うるせー」
と憎まれ口を叩いて帰って行った。まったく…と呆れてため息を漏らしたが、それでも心は軽くなっていた。

普段は宿直が泊まる部屋を特別に使わせてもらい、恵は剣心の治療に当たっている。自分が床につく前、必ず病室を訪れ、剣心の様子を伺う。それが最近の日課になってしまった。正直、まだ予断を許さない状況だ。一命は取り留めたものの、まだ意識が朦朧としていた。うっすらと目をあけるものの、再び深い眠りにつく。まだ、声を発していないのが、最大の気がかりだった。
深夜の病院の廊下を、静かに歩いた。手燭が揺れて火が消えそうになるのをあわてて防いだ。
いつもこの部屋の前に来ると、心臓が高鳴る。もしかしたら、今日は目覚めてくれているのではないか…そして私に笑顔を見せてくれるのではないか。
あの飄々とした顔で、「恵殿」と自分の名前を言ってくれるのではないか…そんな淡い期待が、頭をもたげる。
恵はそっと扉を開けた。


「薫…どの」


最初に聞こえたのは、剣心の薫を呼ぶ声だった。よく見れば、薫が剣心の手をしっかり握り、突っ伏して眠っている。
剣心の言葉は、剣心の意識が、ようやくはっきりとしてきた何よりの証拠。うわ言ではなく、薫の名をはっきり呼んでいる。
喜ばしいことなのに、何故か心の奥底で落胆している自分がいた。
薫は眠っていて、剣心の声はわからなかっただろう。だが、たとえ聞こえていなくても、恵にはその声が薫に届いているように思えた。
二人の絆がどれほど強いかを間近で見たような気がした。

ああ。もう、叶わない。
あの二人に入り込む隙など、一寸もないのだ。

私がどれほどお百度を踏んでも、どれほど愛していると叫んでも、思いは通じないのだ。
恵は静かに扉を閉めた。この時ばかりは、自分が医者であることを忘れた。どうしようもないほど、涙が溢れてくる。
廊下を走り、宿直室に転がるように入ると、恵は泣いた。布団を頭から被り、声を殺して泣いた。こんな泣き方しか出来ない、否、知らない自分が情けなくて、また涙が溢れてきた。

静かな、切ない、暑い夜が更けていった。



お百度の効果があったのかどうかは定かではないが、意識を戻した剣心はその後回りも驚くような回復振りを見せた。さすが超人は違う、と弥彦は真剣な顔で言ったが、恐らく回りも同じ事を思っただろう。
ただ、恵を始めとする医師たちは、剣心の体にかかる負担を心配していた。これ以上激しい戦いをすれば命に関わるのだと、本人に代わるがわる懇々と諭していた。
その度に「わかったでござるよ」と笑顔で答える。飄々としたその顔を見るにつけ、眉間に皺を寄せながらも、ようやく元の剣心に戻りつつあることに、
恵はホッと胸を撫で下ろしていた。


養生の場所を、妙の実家の白べこに移し一週間が過ぎた。まだ時折微熱が出るものの、日中は起きていられるようになり、葵屋の面々も喜びの声をあげた。
連日階下で繰りひろががれる祝いの席に、剣心が寝ていられないという現状もあったが、その宴席の隅で遠慮がちに座り、翁や操達に満面の笑顔を見せる剣心を見て、恵も薫も顔を見合わせ安堵のため息を漏らした。
その日の朝も、恵はいつもと同じく、包帯と塗り薬の交換の為、剣心の部屋を訪れた。

「恵殿、いつも済まないでござるな」

日当たりの良いこの部屋は、白べこの店主・関原冴が剣心の為に準備してくれた特別の部屋だ。気持ちよく養生出来るよう、畳は新しいものに取り替えられ、気持ちが慰められるようにと、毎日花を活け代えることを忘れない。

「剣さん、どうですか?今朝の気分は」

恵は剣心の隣に座り、持参の薬箱を開けた。使いかけの何種類もの薬が、丁寧に並べられている。高荷家に代々伝わる塗り薬は、傷を治すのによく効く、と以前剣心が褒めてくれたことがある。恵は迷わずその薬を取り出した。

「ああ、もう大分、癒えたでござる。」
「でも、微熱はまだ時々出ますよ?ちょっと失礼…」

そう言って、額に手を当てた。まだ少しだが、熱は残っているようだ。
「今日も一日ゆっくり休んで下さいね?熱が上がったら、また病院行きですよ?」
そう言っている間に、剣心は背中を向け、上半身を露わにした。痛々しいほどの傷が、剣心の背中に残されている。肩は食いちぎられ、わき腹を刀で貫かれ、業火で火傷を負い、体中が打撲で未だその後が残る。

よくぞ、生きてくれた…

傷に薬を塗ろうとして、不覚にも涙が溢れた。目の前の傷は涙でかすみ、視界がぼやけ手元が見えない。
瀕死の重傷を負ったにもかかわらず、こうして生きていてくれた、それだけで恵は幸せだった。

恵は剣心の背中に額を預け、ただ黙って涙を零す。しばらくの沈黙の後、

「恵殿…」

剣心は一度だけ自分の名を呼んでくれた。それだけで、十分だった。
自分の思いは、十分伝わったはずだ。
これからは、もう、二度と泣くまい…。
切ない思いを断ち切り、今後は自分の行くべき道を、しっかり歩いて行こう。
恵は拳をぎゅっと握ると、一度だけ洟をすすった。
風が、静かに吹いていた。
軒下に吊るした風鈴が、涼やかな音をたてて、揺れていた。

午前の診療を終え、一息ついた後、恵は机に出されたカルテを一枚一枚丹念に目を通す。自分が不在の間、玄斉には随分迷惑をかけてしまった。
老医師とは言えど、未だ現役、矍鑠(かくしゃく)とした姿は多くの患者の信頼を得てはいるが、やはり一人で全ての患者をこなすにはさすがに疲れたようで、ここ最近は午後は恵一人で受け持つことが多くなった。
剣心を連れて帰った日、迎える妙や燕の横で、老医師は満足そうに頷きながら恵を見た。

「よく、連れて帰ったの。あんたが一番の功労者じゃ」

小声で恵の耳元で言ったのは、もしかしたら薫に少しの遠慮があったからなのかもしれない。その玄斉の目尻に、一滴の涙が顔に刻まれた深い皺に染み入っていくのを、恵は見逃さなかった。

剣さん…こうして、皆があなたの無事を喜んでいるんです。だから、あなたはずっと長生きしなきゃいけないんです。

薫に手を引っ張られるように神谷の門をくぐる剣心の背中に向かって、恵はそっと呟いた。


最後の一枚に目を通した後、部屋の襖が遠慮がちに開き、小間使いの少女が入って来た。少女は丸いつぶらな瞳を恵に向け、
「先生、お茶、淹れて来ました」
少女の持つ盆の上には、冷たい麦湯と小さな水羊羹が一切れ、品の良い皿に乗せられてた。
「ありがとう」
少女に声をかけられ、初めて時間を気にした。もう三時を回っている。
「すいません、お邪魔しちゃって…先生、ずっと仕事ばかりで休憩もとられていないようだったから」
心配した少女が、気を利かせたのだろう。盆を持ち恵の言葉を待つ少女に、優しい笑顔を見せた。
「ありがとう、いただくわ。」
美味しそうね、と盆を覗き込む恵を見て、少女は安心したのか嬉しそうに笑った。

水羊羹を一口食べれば、爽やかな甘味が口内に広がった。
「美味しい…」
朝からわき目もふらず仕事に専念していたから、余計に美味いと感じた。
心を落ち着けて、縁側の先の庭を見た。静かな午後だ。入道雲が真っ青な空に広がっているのが見えた。

そういえば…恵の湯飲みを持つ手が不意に止まった。

あの日も、こんな暑い日だった。
京都で恵が薫に告げた自分の思い。剣心への思いを断ち切り、薫に笑顔を絶やすな、と諭した。
あの時、一つの片思いが、終わった。報われることはなかったけれど、あれでよかったのだ。自分の出した結論に、間違いはないと思う。
これからは自分の歩むべき道を、まっすぐ歩いていけばいい。
京都の空にかかった虹の美しさと、カキ氷の甘さをいまもはっきりと覚えていた。
ふと気づけば、隣の部屋からかなりやの鳴き声が聞こえる。恵の不在中は、小間使いの少女が面倒を見ていてくれた。

「お前はいいわね。自由に飛ぶことができて」

恵は優しい瞳でかなりやをみつめた。脳裏に、この鳥を渡した青年の顔が思い浮かんだ。

あの青年は、私だ。自分もあの男と全く同じ瞳で、剣心をみていたのだから。
去り際、青年は悲鳴にも似た声にならない感情を見せた。
だが、どうしてやることもできなかった。ただ、黙って青年を見送るしか術がなかった。
剣心もそうだったのだ、と恵は思った。自分の思いは通じた。だが、剣心はそれをどうすることも出来ない。だからこそ、あの男は、様々な感情を込めて、一言だけ言ったのだ。

「恵殿…」

と。感謝と、励ましと、友情と。そして、気持ちに応えられない男としての申し訳なさと。
もう、それで充分ではないか。伴侶として添うことは出来ずとも、同志としての生きかたなら出来るのだ。
しばらく考え込んでいた恵に、まるで話しかけるようにかなりやはさえずる。
その鳴き声に気づき、慌てて我に返った。

「もう、解き放たなければいけないわね。」

鳥かごをそっと開けて手を入れれば、突然のことにおどろいたかなりやが、羽を忙しくばたつかせた。

「大丈夫よ。何もしやしないから」

そっとかなりやの黄色い体を包み込むと、静かに籠の外に取り出した。

「さあ、何処にでも好きな所に行きなさい。大きな空を、思い切り羽ばたきなさい。」

庭に降りた恵は、入道雲が広がる青い空に向かって、両手を広げた。風が吹いいた瞬間、かなりやは勢いよく飛び立って行った。
しばらくの間、その黄色い姿を目で追っていたが、やがてどこかへと消えていった。

「これで、よかった。そう。これで。私は私の明日を信じて、自分の道を歩けばいい。」

恵は大きく深呼吸をした。八月も半ばを過ぎて、朝夕は涼しい風も吹くようになった。こうして季節はどんどんとめぐっていくのだ。
時の流れと共に、いつかは私の心も癒されるときがくるだろう。そう思えば、全てが愛しく感じられた。

「先生、左之助さんが包帯の取替えにいらっしゃいました。」

少女が恵を呼ぶ。

「はいはい、今、行きますよ」

最後にもう一度だけ空を仰いだ後、恵は踵を返した。奥の部屋から左之助の威勢のいい声が響いている。恐らくいつもの調子で少女をからかっているのだろう。
その声を聞きながら恵は苦笑し、治療室へ入って行った。


恵の去った後、雨どいの端に隠れるように、かなりやが美しい声で小さく鳴いていた。

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