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ウタカタノユメ

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生(せい)②

はい、続いて第二話。
あ~、なんかやりにくいな(笑)

ということで、ごゆるりと。



その夜は、剣心を始めとする男性陣、そして薫たち女性陣と二部屋に分かれて床をとった。

船旅と戦いの疲れが出たのか、それぞれの眠りは深く、寝返りさえ打つ様子もない。

だが、薫は何故か寝付けなかった。剣心の怪我の具合も心配だったが、身体は疲れているのに脳内だけが興奮したような状態なのだ。薫はそっとふすまを開け、部屋を出た。

縁側に出て、空を見上げる。三日月が笑っているような感じがした。

「ああ、戻って来たんだ」

見慣れた庭を改めて見回す。夜の闇に隠れ、ほとんどが見えにくいが、辛うじて三日月の光によって、見えるところもある。

薫は剣心との来し方を思った。

初めて出会った冬の夜。もうずいぶんと昔の事のように思うが、実はまだ半年程しか経っていない。ここで一緒に暮らした時間は短いが、それでも中身は驚くほど濃い。

いくつもの思い出が、次々と思い出され、薫は懐かしそうに笑みを浮かべた。だが、呑気に昔を懐かしんでいる余裕などない。薫の顔から笑みが消えた。

日本の歴史の舞台裏で動き、そして今や日本政府が喉から手が出るほど欲しがっている、緋村剣心という男の能力(ちから)。その男の傍で共に歩くことが、どれだけ覚悟が必要なのか。当然、安穏とした暮らしが保障されているわけでもない。

「薫殿…?」

背後から声が聞えて振り向けば、剣心が薄闇の中、怪訝な表情でこちらを見ていた。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

座ったままの姿勢で、顔だけ振り向き詫びた。

「いや、そうではない。そうではないが…薫殿はどうしたのでござるか?」

「何だか眠れなくて。身体はすごく疲れているのに、頭が冴えちゃってるの」

不思議ね、と言いながら、寝間着の袷をさりげなく直した。いくら心が通い合っているとはいえ、寝間着姿は憚られる。

「拙者も同じようなものでござるよ」

薫の隣で腰を降ろし、あぐらをかいた。

「…怪我は…痛む?」

縁との闘いで負った左腕の刀傷は、思ったより深手だった。何針か縫う重症だ。時折、ずくり、とえぐるような痛みを覚えた。剣心はそのたび顔を歪めた。その様子に気が付かぬ薫ではない。その歪んだ表情は、ただの傷の痛みからくるものなのか、それとも…。薫は剣心の腕に触れた。

「大丈夫でござるよ。じきに癒える。それより、薫殿は?」

薫の心中を思うのか、さらっとした表情だ。こんな時でも、他人(ひと)を思いやる。薫には、それが嬉しくて、少し、辛い。

「私の事は大丈夫。だって、何も傷ついていない。怪我も何もないのだから」

ほら、ピンピンしてるでしょう?とおどけた。

「いや、そうではない、薫殿。怪我ではなく、ここ」

そう言って剣心は自分の胸を拳で軽く二、三度叩いた・

「随分、怖い目に遭わせてしまった。縁のことは言わば私闘。薫殿たちには全く関係ないのに、こんな形で巻き込んでしまって。本当に済まなかった」

唇をきりきりと噛みながら、剣心が頭を下げた。

「剣心…」

「もっと早くに縁とは決着をつけるべきだった。何か手立てがあったはずなのに、それを怠り、過去から逃げていた罰があたったのだと…その罰が拙者にかかってくるのなら、全てを受け入れはするが、結局は一番大切な薫殿をあんな目に遭わせてしまった。本当にすま…」

だめ。

それ以上、言ってはだめ。

薫は剣心の唇を、しなやかな人差し指で制す。

「あなたはもう十分に傷ついた。それ以上、自分を責めちゃ、巴さんが悲しむわ」

「…薫殿」

「私ね…あの海辺での闘いを見ながら思ったの」

――本当は巴さんがこんな闘いを望んでいるはずないと、縁が一番それを感じていたんじゃなかったのかって。

けれど、それに抗うように、憎しみの情を全て剣心にぶつけてきた。

つまり、そうするしかなかった。

剣心を憎むしか術は無かった。

何が悪かったのか。

誰も、何も、悪くはない。

みな、愛する人と、愛する国のために戦った。

今は亡き父も、縁も、そして、目の前で、時折苦しそうに顔を歪めるこのひとも。

誰も好きこのんで死地に赴いて行くはずはない。喜々として人に刃を向けるはずもない。

今なら、わかる。緋村剣心と言う男と関わった今なら。

縁が最後に見せた涙は、姉を思う思慕の涙だけではあるまい。

悔恨と苦悩、そして、薫がほんの少しの宥恕(ゆうじょ)を感じたのは考えすぎか。

一つだけ、剣心には黙っていることがある。

孤島にいる間、一度だけ、縁に抱きすくめられた。と言っても、縁が意識的にそうしたのではない。ついでに作った朝食を持って行った際に、夢と現の境がわからなかったのだろう。縁は肩を震わせ、まるで子供の様にすがってきた。

ぬくもりを…欲しているのだ、この男は。薫は無意識に縁を抱きしめていた。これが母性というものだろうか。本当は剣心の命を狙う憎き相手なのに、この時だけは愛しくてたまらない、と思ってしまった。

――大丈夫だから。

肩を撫で、髪を撫でた。

しばらくそのままの格好でいたが、我に戻った縁が一番驚いたのだろう、薫を力いっぱい突き飛ばした。

「出て行け」

呻くような低い声は、泣き声にも聞こえた。

「彼はあなたを許せなかった。でもそれ以上に、自分の行為に矛盾を感じていたのも、彼自身だったのかもしれない。」

だからと言って、縁の罪が赦されるわけはない。剣心がすべてを背負いこれからの人生を歩んでいくように、縁自身も罪を背負わなければならない。

「今頃…何をしているのかしらね」

薫が束の間月を見る。日本のどこかで、彼もまた眠れない夜を過ごしているのだろうか。ひとりは辛いだろうに。薫の脳裏に、子供の様の怯える縁の顔が過った。

「薫殿…」

剣心の手が薫の腕を取り、ぐいっと引っ張った。

「…ありがとう」

突然の抱擁に、薫が言葉を失った。

「け…」

「薫殿に会えて…良かった」

もし会えていなかったら、自分は救われていなかった。暗闇の中、何の光明を見つけ出すことも出来ず、そのままずっと流浪れていたであろう。

「私は…何にもしていないわよ?」

剣心は首を振った。違う。薫に出会えた縁(えん)が、己を生きさせる。

「一つ…わがままを言っていいでござるか?」

薫を抱きしめる手を緩めるでもなく、そのままの格好で剣心が言う。

「なあに?」

「京都に…巴の墓参りに、拙者と共に行ってくれぬか?」

思わず言葉をのむ。

でも、それは…

思いは通じ合っても、まだそこまでの立場を許されているとは思っていない。

「…迷惑だろうか?」

薫の反応に、不安な表情になる。

「違うの。私でいいのかって。」

「薫殿だから頼んでいるでござる。もし、迷惑でなければ…」

「迷惑だなんて…そんなことないわ」

薫の逡巡する表情に、剣心は不安を覚えた。傍にいて欲しい…この思いをどう伝えよう。上手い言葉が見つからない。

「巴を忘れることは出来ない。今でも思い出の中に彼女は生き続けている。けれど、今回の縁の件をきっかけに、新しい明日を踏み出そうと思う」

だから、その節目に、薫殿、どうか…

「…わかった。一緒に行くわ。そんな怪我じゃ、あなたを一人になんかできやしないもの」

良かった…薫の返事に安堵したのか、少し力を緩めた。

「…ありがとう。」

髪を撫でられた。

両頬を手のひらで包まれた。

唇が重なった。重なった部分から、互いの体温(ぬくもり)を感じる。

――ああ、生きている。

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