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- Date:2025年03月13日
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戻ってきた。
帰ってきた。
ようやく、ようやく。心が安らぐ。
「ただいま」と呟く。あの時と同じように、この家は、何事もなかったように自分を迎えてくれる。薫の姿を目で追う。馬車を降りた薫は、一緒にここまで闘ってくれた仲間を家の中に案内している。
ふと、目が合った。大きな目を瞬きさせて、剣心を見る。その目を見るたびに、胸が熱くなる。
薫殿…
剣心…
何も言葉をかわすでもなく、けれど、瞳を見ればその胸の内がわかる。伝わる。
――もう、何も心配要らないわ。
薫が言ったような気がして、剣心はぎゅっと目を瞑る。そうでもしなければ、泣いてしまいそうだったから。
神谷道場の門前で、剣心はすうっと息を吐いた。少し傷口が痛む。
蜩の鳴き声が、夕闇の中、静かに響いていた。
雪代縁との闘いを終えた剣心が、薫や仲間と共に再びこの神谷道場に戻ってきた。
かなりの深手を負ってはいたが、京都での闘い同様、ここでも恵を中心に船内での応急処置が施された。と言っても、斉藤はさんざん嫌味を言いながらだったが。勿論、あくまでも応急措置だから、満身創痍に変わりはないが、それでも痛みで意識が薄れるようなことはない。
港に着くや、一度診療所で治療をした後、斉藤が手配した数台の馬車に、剣心、薫、恵、そして左之助たちも乗りあい、神谷道場へと向かった。
間もなく、夕暮れの時間帯にさしかかる。真っ青な空に、少しずつ朱が差して来た。
「帰って来たんだなぁ」
薫が空を見上げた。馬車の揺れが剣心に響きはしないかと案じたが、「そうでもござらぬよ」と当の本人は笑顔を浮かべている。
「斉藤が医者を連れてきてくれて良かったわ。」
恵は二人を前に、珍しく斉藤を褒めた。
「いけすかないヤツだけれど、その辺は抜かりないのよね」
斉藤が乗船させた医師の助けがなければ、恵もお手上げだったかもしれない。
「神谷さん。今夜皆さん、熱が出るかもしれませんから、これをお持ちください」
そう言って渡されたのは、白い紙に包まれた頓服だ。
ありがとうございます、と頭を下げながら、薫は不思議な感覚に包まれた。
ああ、生きている。
殺されたと周りが思っていたことが嘘のようだ。ましてや、葬式まであげたとは…。
剣心の身を案じ、恵に助けを乞いながら、それでもこうして生きて同じ空間にいる。不思議だ。そして何より、剣心が、自分のそばにいてくれることが、夢のようだ。
思いが通じ、口づけを交わしたあの時間から、二人の時間(とき)は止まっていた。だが、その止まった時間は、剣心の「答え」が出たとき、再び流れ始めた。そして、愛しいひととの再会。
血潮が全身を流れていることを、こんなに嬉しいと思ったことはない。
生きている。生きている。
剣心の息を感じる。
それだけで…もう、それだけで。
馬車から降りた仲間たちが、一番最後に降りてきた剣心を迎えた。
「緋村、大丈夫?」
操が蒼紫の隣で剣心に声をかけた。その声は、少し遠慮がちだ。操の思いにこたえるように、剣心がふわっと笑った。
「さ、とにかく皆、休みましょう。怪我だってまだ治ってないんだから」
医者の顔の恵が一同を促した。
既に、妙と燕が閉めきった部屋に風を入れ、すぐに休めるように準備をしてくれている。いつでも帰って来られるように、毎日この家に来ては外の風を入れていたのだ。こういうとき、この二人の存在の大きさを痛感する。決して目立たず、けれど、陰日向なく動く。
「妙さん…ただいま」
薫が妙に声をかけた。
「…おかえり。よう無事で…」
その先の言葉が続かない。妙の双眸にあふれる涙は、安堵と喜びの涙だ。
「ご心配、おかけしました」
頭を下げる薫の両手を握りしめた。
「ほんまや。ほんまに、心配させて。」
一度は葬式まであげた薫を、再びこうして生きて迎えることができるなんて。
「神様って、いるもんやな。」
妙は涙を拭うと、
「さ、疲れたやろ」
と一同を居間に通した。