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ウタカタノユメ

彼岸花②

こんにちわ。

昨日に引き続き、「彼岸花②」です。
おじさまトーク、個人的には好みです(笑)

では、ごゆるりと。



それぞれが明日の出立の準備に忙しい中、その男は庭に出て素振りをしていた。身の丈なら六尺余りか。うっすらと汗まで掻いての素振りに、勝は自然と足を止めた。



猛る猛者が多い中、殺気がなさすぎて逆に目についたのだ。頑丈な体躯とは裏腹な、優しい眼差しはその男の人柄を表しているようだった。



「こ、これは、勝先生」



勝の視線に気づいた男が慌てて頭を下げた。まさか、あの勝が自分の素振りを見ているとは思わなかった。



「ああ、すまねえな。俺に構わずやってくれ」



「いや、そろそろ終わりにしようと思っていたんで」



男は低頭したまま答えた。



「随分、熱心に振ってたな」



勝は自分の両手を振って、素振りの真似をしてみせた。



「お恥ずかしいところを。皆の足手まといにならぬよう、時間のある時はこうして振ってます」



「いやあ、そうでもねえだろう」



自らも若い時は剣の修行に明け暮れた。直心影流免許皆伝の腕は、若い頃の激しさはないものの未だ衰えず、そしてその眼光は鋭い。目の前の男の技量は、すぐにわかった。



ちょっくらごめんよ。



勝はそう言って、縁側に胡坐をかいた。



「おめえさん、なんで薩摩出兵に志願した?」



唐突に聞かれ、返答に窮した。ただ闇雲に志願したわけではない。だが、それを言っていいものかどうか逡巡した。何せ目の前にいるのは、あの勝である。さすがに、言葉を選んでしまう。



「なあに、オイラ、別に政府の回し者じゃねえ。それに、ここはオイラとおめえさんと二人っきりだ。遠慮はいらねえよ」



勝の言葉に、男はしばらく黙っていたが、



「少しでも…死人(しびと)を出さぬために…」



「…ほう」



「いや。まこともって、情けないとは思うております。私も剣術を生業とする身。本来ならばこういうときこそ、日ごろの成果を発揮し政府に貢献せねば、と思うておりましたが。」



「…おりましたが…?」



「やはり…もう戦は終わりにしなければならぬと。現在(いま)を生きる子供たちのために、戦は必要ないのでは…と思うております」



「そうか…」



勝の言葉が優しい。



「私は人を殺めるためにこの戦に行くのではなく、人を活かすために行きたいと…いや、お忘れください。たかだか一介の小さな剣術道場の主がほざく戯言(たわごと)です。実際に戦場に行けば、そんなことは言っていられないのは重々承知です。それでも、行かずにはいられなかった…」



「おめえさん、家族はどうした?」



「娘が一人。家内は亡くなりました」



「じゃあ、何かい?娘さんは一人っきりで留守番かい?」



男は曖昧な笑みを浮かべた。その曖昧な笑みの中に、この男の娘に対する思いが感じられた。



「娘さん、いくつだい?」



「んー…確か…15になるかと」



男親など娘の年齢にはそう頓着しない。この男も御多分に漏れず、のようだ。



「心配じゃねえのか?一人っきりで残して」



年若いおなごが、たった一人きりで道場を守る。それは並大抵のことではない。それに、行く先は戦場だ。命の保証などない。もしもの時は、娘は一人残されてしまうのだ。



「娘も剣術を習う身。お恥ずかしながら、『剣術小町』と周りから囃されている以上、何とか自分で身を守りましょう」



「ほお?娘さんも剣術を。」



「お転婆で困っております。15にもなれば、そろそろ嫁入りの話も出るころだというのに。」



「なーにを言ってやがんでぃ。口じゃあそんなこと言いながら、内心じゃぁ、まだまだって思ってるんだろう?オイラも娘を持つ身だ。おまえさんの気持ち、わかるぜ」



ふふんと勝は笑い、腕組みをした。



「で、おまえさん、この戦…どう思う」



勝の言葉に、男はすいと目を細めた。



「どう、と言いますと?」



「西郷を、止められる術はねえだろうな」



徳川が二百六十年の歴史を閉じたとき、江戸城を出る天璋院(篤姫)が何度も念を押した。



――勝よ。民を守れ。国を守れ。そちは、その為に生きよ。



と。勝は思う。この国を強く保つには、西郷の知恵が必要だ。あの男の中に燃える、静かな炎を新政府のためにもう一度欲しい。



「勝先生。私は西郷さんに会ったことはありません。ですが、あのお方は自分の信念を貫かれている方なんでしょう。自分が全て背負うことで、この戦を収める気でいるんじゃないでしょうかね。」



多分、結果はわかっている。勝も、そして西郷も。



わかっていても動くか、西郷…命を捨てるか、西郷…



「武士(もののふ)なんざ、クソくらえだ…」



勝は唇を噛みしめた。



「ああ、そうだ。先生。これ…」



男は懐から小さな巾着を取り出した。それを、まるで勝に差し出すように中を開いて見せた。



「おお?これは?」



中から出てきたのは、色とりどりの小さなお守りだった。



「娘が持たせてくれました。裁縫なんて一番苦手なのに、一針一針丁寧に。たくさん持って行けばそれだけご利益あるかもしれないって、ほら」



男はひいふうみい、と小さなそれらを数え、



「五つも持たせてくれました」



と苦笑した。



「先生、ひとつ、もらってやって下さい」



男の申し出に、勝は怪訝な顔をした。



「オイラが?オイラは薩摩へは行かねえよ?こいつはお前さんが大事に…」



いや、と男は首を横に振った。



「先ほどの先生の檄、心底沁みいりました。今は、この国のために同じ日本人同士が争っている場合じゃない。明治の世になって、更に国を強くするためには多くの人材が必要です。私は薩摩を成敗するために行くのではありません。止めに行くのです」



ですから、と男はお守りの一つを勝に差し出した。



「先生、これを持って、皆の無事を祈ってやってくれませんか?」



おなごのようですかね、と男は笑う。



「…いや。そんなことねえさ」



勝の武骨な指がお守りを摘まむ。指先で桃色がゆらゆらと揺れた。



「ありがとうよ。せいぜい命を大切にな。絶対、無茶するんじゃねえぞ」



「はい」



男は強く首肯した。



お前さん、名前は?と聞こうとしたとき、奥の方から別の声がした。



――越さん、越さーん!?



呼んでいる方は、まさかそこに勝がいることなど全く知らないだろう。越さんというのは、その男の呼び名のようだ。



「ああ、申し訳ないです。仲間が呼んでいます。おそらく明日の準備に手が足りんのでしょう。わたしばかりがここで先生と話をしていたら、怒られてしまいます。」



そう言って笑うと、



「では、失礼します。」



男は深々と一礼すると、名前も告げずにその場から去って行った。



 



ああ、確か、「越さん」と。そして小さいけれど剣術道場を開いていると言っていた。



ほんの僅かな時間、話しただけの「越さん」と名乗る男のことは、勝の記憶から次第に薄れていった。



時は過ぎ、神谷薫に出会った時から感じていたこの懐かしさの理由を、勝はどうしても思い出したかった。そして、たった今、繋がった。思い出が。人の縁が。



「あのお守り…」



一度思い出すと、記憶がどんどん蘇る。そうだ、あのお守りは、娘に託したのだった。



「おい、いるか?」



奥で夕餉の支度をしている娘を呼びつける。



お前、覚えているか、あのお守り…。



すると娘は、ああ、と軽く手を叩き、居間の隅に置いてある三つ引き出しを探し始めた。



「これでございますか?」



娘は、指先でそのお守りを摘まんだ。日に当たっていなかったせいもあるのだろう。桃色のそれは色褪せることなく、貰ったときのままだ。



「確か、お父様がどこかの剣術道場の先生から頂いたとか。随分可愛らしいお守りだと思い、ここに仕舞っておいたのですよ」



ほら、可愛らしい。娘は桃色を空に翳して嬉しそうに笑った。



 



「…不思議だなぁ、越さんよ」



縁側に座り、薫が手土産に置いて行った、春やの饅頭を頬張った。



あんたの娘さんだったか。道理で懐かしいはずだ。しかもその娘が選んだ男は、この国を影から支える、あの男だ。



不思議な縁だよな、神谷越路郎さん…



ごろりと縁側に横になる。



秋の空は高く、澄んでいる。庭には赤い彼岸花。今頃、お前さん、そっちの世界でオイラのこと、笑ってるんだろうな。先生、今頃気づいたんですかって。



無性に、薫や剣心と話がしたくなった。



越路郎の面影が残る一人娘と、そしてそのそばで彼女を守る緋村と。桃色のお守りを見せたら、薫は何と言うだろう。



どうせ剣心に文の返事をしなくてはならない。それならば、丁度いい。



酒と、娘がこしらえた煮物を土産に、あの道場まで足を運ぼう。



勝は寝転がったその場所で、思い切り伸びをした。



サワリと吹いた秋風に、彼岸花が微かに揺れていた。



 



 


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