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ウタカタノユメ

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かなりや~恋ごころ~

おはようございます。

三連休の二日目です。
今日のカテキン地方は、朝から良い天気です。少し冷たいけれど、気持ち良い朝です。
バレンタインが近いですね。街を歩いていると、ピンクのハートが目につきますが、もう自分のことじゃないと思ってるんで(義理チョコさえも忘れていました…)全く興味が湧かず…あ、私の別宅のサイトでは今、バレンタイン特集を連載中なんですが、リアルな生活では全く何とも思わなくなってしまっております。息子や旦那の顔さえ浮かばず、デパートのエスカレーターに乗っているとき、「ああ、そーいえば…」と思い出したくらいで。
いやいや、こんなことじゃいけませんね。いくつになっても、そう例えまもなく大台に乗るこのトシでも、甘い気持ちは持ち合わせなければ…いや、持てない…、無理だぁ(笑)
でも、まあ、せめてもと思いまして、今日からしばらく連載。
旧作「かなりや」を剣心、薫、恵の視点から、京都編のストーリーをお届けします。

では、つづきから。






その瞬間、痛みよりも先に体が軽くなったような気がした。
向けられた刃は確かに自分のわき腹をつき抜けたはずなのに。
刃が刺さる瞬間、風が吹いたのを覚えている。
それは体を冷やすような冷たいものではなく、あの男から流れる炎の風だった。
熱い、と思った次の瞬間、皮膚がチリチリとして、ふわりと体が浮いた。



―――もう、これで。



剣心は熱風に煽られ体を反らせた。目の前に幾重にも積み重なる瓦礫が映る。



もう、これで、終わる。そう思うことで、心が少し落ち着いた。
例えこれであの男が生き延びても、再び力を蓄えるためにはかなりの時間が要するだろう。
それまでにきっと、他の誰かが力をつけ、自分の変わりにこの国を守るだろう。
ここまで戦ったことに、悔いはない。俺の役目は、もう、これで…


意識がふっと失われかけたとき、剣心の脳裏に一人の少女の笑顔が浮かんだ。



「剣心…一緒に東京に帰ろうね」



優しい笑顔だった。自分の全てを許し、包み込むような笑顔を、少女はいつも向けてくれる。


ああ、そうだ、約束したのだ。
共に帰ろう、と。


その時、緋村剣心の胸の中で、少女を思う気持が動いた。



~かなりや~恋ごころ~



ああ、そうか。

俺は、あの少女にここまで魅かれていたのか…


陽だまりのような笑顔。あの笑顔にもう一度会いたいと、強く思った。
そして、生きたい、と思った。俺は帰ると約束したのだ。
その約束を果たすために。
少女の笑顔を涙で濡らさないために。


そう思ったとき、剣心の体は猛烈な痛みに襲われた。




業火に包まれた体は、剣心の目の前で燃え尽きた。不気味な笑いだけが耳に残っている。
痛みをこらえ、滴る血を押さえた。ぬるりとした感覚が、傷の酷さを物語っていた。
見れば足元に血溜まりができている。大量の血を流し、仲間に支えられ、何度も意識を
失いかけ、それでもぎりぎりのところで息をしているのは、一目少女に会いたいからだ。
きっと今頃は自分の身を案じているころだろう。早く帰って、安心させてやりたい。

朝日が当たり始めたその道で、剣心は遠くで自分の名を呼ぶ声を聞いた。


「剣心ッ!剣心ッ!!」


薄れ行く意識の中、剣心の目に映ったのは、涙でくしゃくしゃになった薫の泣き顔だった。


―――ああ、そんなに泣かないで。俺はあなたの涙を見るために帰ってきたのではないのだから。


その思いを必死で伝えようとしたが、言葉が上手く出なかった。

「た…だ…」
「剣心!何も喋らないで!今、お医者さんに診てもらうからッ!」

耳元で絶叫する薫の声は、既に剣心の耳には届いていなかった。



柔らかな太陽が縁側を包み込んでいる。時折優しい風が吹き、庭をみつめる剣心の体を包む。
鳥の鳴き声が近くで聞こえた。庭掃除をする薫は箒を動かす手を止め、周りの木々に視線を移す。


「鳥ですねぇ。いい声だこと」


すっかり白くなったその髪を一つにまとめあげ、薫は嬉しそうに言う。少し高い鳴き声の主は、
その黄色が目立ち、すぐに薫に見つけられた。

「ああ、これは確か…」
「かなりや、という名でござるよ」

確か昔、京都のとある屋敷で見たことがある。籠の中の黄色が黄金のようで驚いたことを思い出した。

「なんとも綺麗な鳥ですこと。どこかで飼っていたのが、逃げたのかしら」
「そうかもしれんな」

庭に降り立ち、薫の隣に肩を並べた。ふと、横にいる薫の顔を見た。自分の体はまだ若いのに、
隣に立つ薫の姿が既に初老になりかけていることに、剣心は違和感を感じながらもいつものとおりに
話していた。

「捕まえて飼い主をみつけたほうが…」

と言いかけると、薫は静かに首を横に振った。

「このままにしておきましょう。籠の中よりも外の方が自由に飛べますよ。」

それもそうだ、と剣心は苦笑した。人間だとて同じこと。いつまでも籠の中では、息も詰まろう。


「ねえ、あなた」


薫は顔を向けずに話す。
「私は、あなたと一緒になって、本当に幸せでしたよ。毎日がそりゃもう楽しくてねぇ。
一日一日が短いとさえ感じるほどでした。あの鳥のように、何の迷いもなく、あなたの傍で、
あなたを愛し、私は自由に生きることが出来ました。」
「薫…殿…?」

目の前の薫は、優しい瞳で剣心を見つめていた。やがてその顔は少女の頃の顔になり、
薫はにっこりと最高の笑みを残し、踵を返した。


「薫殿?薫…殿?か…お…る…!!」


薫、と小さな叫び声をあげたところで、目を覚ました。
目の前は見覚えのない天井。木目の部分が何かの目の玉のようで、剣心は顔を背けた。


夢か…それにしても、寂しい夢だった。


剣心は大きなため息をついた。
痛みが全身を取り巻いていた。どこもかしこも自分の体ではないようだ。
ゆっくりと深呼吸をし、自分のおかれた立場を考えた。
少しずつ記憶が蘇ってくる。
業火に包まれた男の笑い声。
濛々とたちこめる煙、そして瓦礫の山。
何度も気を失いかけて、その度に声をかけてくれたのは多分左之助だろう。
そして、今もはっきりと覚えている薫の泣き声。剣心、剣心と自分の名を呼び泣いていた。

ああ、そうだ。俺は…帰ってきたのだ。
生きて、再び、帰ってきたのだ。
この痛みは生きているからこその感覚だ。
剣心はようやく安堵のため息をついた。


ふと、左手に軽い重みを感じた。
顔だけそちらに向ければ、包帯だらけの左手をしっかりと握り、布団に突っ伏して
眠っている少女がいた。

「薫…殿…」

起き上がろうとしたが、体の自由が利かない。特に刺されたわき腹に激痛が走った。
ううッ、と自然に呻き声が出た。今まで幾つかの戦いを経験してきたが、このような
怪我は初めてだ。自分の意思とは関係なしに体が動かない状態に、怪我がどれほど
酷かったのか改めて思いしった。
今日は何月何日なのか、今、何時なのか、まったくわからない。ただ、昼でないことは
窓から覗く月でわかった。


ようやくの思いで、剣心は体を少しだけ薫のいる左側に向けた。それさえも時間がかかる。
薫は相変わらず伏したままだ。ただ、決して左の手を離そうとはしなかった。ランプの灯った
この病室は、おそらく京都の警察病院の一室だろう。この部屋にずっと薫はついてくれていたに違いない。
薄暗い部屋の中、それでも薫の顔を何とか見ることができた。
白くなめらかな頬に、手当てのための布が貼ってある。それは繋いだ手も同じだった。
自分が戦っている間、薫も共に敵と戦っていたのだ。美しい顔や、しなやかな手に傷がついた
ことで、剣心の眉間に皺が寄る。


志々雄との戦いの結末が、どういうものだったか、最終的には知らされていない。
勝ったのか、負けたのか。志々雄は本当に死んだのか。
そして、何より、仲間の安否も気にかかるところだった。
聞きたいことが山ほどある。剣心は眠っている薫に声をかけた。

「薫殿…薫殿…」

しかし、何度呼んでも薫は伏したまま起きなかった。連日の看病疲れがたたっているのだろう。
「まあ、いい。こうして生きて帰れたのだ。あとで尋ねる時間は十分にある。」
剣心は小さく呟くと、再び目を閉じた。
その時だ。

「けん…」

寝台の左側から、小さな声が聞こえた。
「剣心…剣心」
薫の声だ。
「ああ、すまぬ、起こしてしまったようだな」
そう言いかけて、それが薫の寝言だと気づいた。相変わらずの格好で薫は寝息をたてていた。


「剣心…ね…帰ろうね…いっしょに…」

「薫殿…」

きっと夢を見ているのだろう。
それは自分が東京から離れる夢か、それとも今生の別れになる夢か。
いずれにしても、薫の心を脅かす夢に変わりはない。
剣心の脳裏に、今までの薫との思い出が過ぎった。


初めて出会った月の晩。
次第に増えていく仲間たち。
笑い、泣き、怒り、悲しみ、そして最後にまた笑う。
いつしか、そんな生活が当たり前のようになっていた。
だからこそ、東京を離れる時、あんなに辛かったのだ。

正直、そんな感情など、てっきりどこかへ捨ててきたと思っていた。ただ流れるまま、
何かの答えを探し、旅を続けた。そして、薫に会った。今から思えば、十年と言う歳月は、
彼女に会うための長い長い布石だったのかもしれない。

薫の目から涙が一筋流れた。
痛みを堪え、ようやく手を伸ばしその涙を拭う。
包帯で遮られているはずの指に、温かさが伝わった。
薫の寝顔に、剣心はそっと誓う。

わかっている。もう、どこにも、行かぬ。決して、離しはしない。

繋がれた左手に少しだけ力を入れた。

う…ん、と小さく身じろぐ。剣心の思いが通じたのか、その寝顔は幸せに満ちた顔だった。




お帰りなさい、と言いながら薫が差し出した手を携えて、神谷家の門をくぐったあの日から
一週間が経った。
傷は駆けつけてくれた恵の治療の甲斐あって、順調に回復している。ただ、やはりまだ完全に
治ったわけではない。ともすれば微熱に悩まされ、節々が痛むこともあった。それでも剣心は、
生きることの喜びを感じていた。それが愛するひとのそばであるなら、尚更のこと。思いこそ
伝えてはいなかったが、以前とは違う何かが、二人の心を通わせていた。


「剣心?何をしているの?」
「ああ、薫殿でござるか」

昼下がりのひと時、庭に佇む剣心の背中に薫の声がかかった。少し呆れているのは、また恵の
言いつけを破り、布団に横にならないからだ。

「恵さんに言われたでしょう?傷は治っても、まだ完全に体力が回復したわけではないんだから、
午後は少し横になりなさいって」

両腕をわき腹に当て、仁王立ちで頬を膨らませている。その姿があまりに薫らしくて、剣心は
思わず吹きだして笑った。

「もう!人の気も知らないで!心配だから言うんだよ?」

詰め寄る薫の表情は、真剣だ。
その真剣さが嬉しかった。
国を守るためとは言え、勝手に出て行った自分を、おかえりなさいの言葉で再び受け入れてくれた
薫の優しさが、剣心に尚一層生きる気力を与えていた。


愛しくて愛しくて、どうしようもなく愛しくて。
けれどなかなかその気持を伝えることができなくて、つい、薫をじっと見つめてしまう。
その視線に気が付いたのか、薫は頬を赤らめ話題を変えようと庭の木々に目を向けた。
剣心に見つめられると、やはり胸が早鐘のように高鳴る。この音が剣心に聞こえてしまうのでは
ないかと思うほど、だ。


ふと、薫の視線が一点に集中した。大きな瞳を更に広げ、一心に何かを見つめている。

「どうか、したでござるか?」

剣心が心配そうに尋ねれば、薫はしーッと人差し指を口に当てた。静かに…
薫の視線の先にいるものは、一羽の黄色い羽の持ち主…かなりやだ。

「あれ、なんて言う鳥なの?」

薫は決して視線を動かさずに尋ねた。

「あれは…かなりや」

と言いかけて、剣心は言いようのない恐怖に陥った。この場面、どこかで見たことがある。
同じような場面は、その時剣心に苦痛を与えていたはずだ。
そうだ、と思い出した。
あれは京都の病院でのことだ。白べこに運ばれたのは、傷も大分癒えた頃であって、
それまでは警察病院で治療を受けていたのだ。
傷の痛みに意識が朦朧とする中、剣心は夢を見ていた。年老いた薫が、かなりやと共に自分の
前から消えそうになる。そこで目覚めた。

「薫殿ッ!」

思わず剣心が大声を出した。
行くな、と言って薫の手を掴んだ。

「剣心?」

突然掴まれた手と、悲しそうな表情を浮かべる剣心の顔を交互に見ながら、薫は瞠目していた。

「どうしたの?」

しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いた薫が、心配そうに尋ねた。

「あ…あの…拙者…」

離れるのが怖かった。
傍にいて欲しいと思った。
だからつい大声を出してしまったが、それが上手く伝わらない。剣心は「すまぬ」と言って、目を伏せた。

ぴぴぴ、と空から声がする。枝に止まっていたかなりやが、剣心の声に驚いてその場を飛び立ったのだろう。

「ああ、残念!もう少し見ていたかったのに」
薫はかなりやの姿を目で追いながら、手を胸の前で組んだ。

「でも、仕方が無いよね。鳥は自由に空を飛ぶのがいいんだものね。」

薫は笑って剣心の顔を見た。
「かなりやは飛んで行ってしまったけど、剣心は…」
「え?」
薫ははにかむように俯くと、

「帰ってきてくれた」

「薫…どの」

体をもじもじと動かし、いたずらに指を絡ませている。顔を見なくても頬が赤くなっているのがわかった。

「薫…ど」

思わず、胸のうちを明かしそうになった。だが、言いかけたところで、薫はその言葉をかき消すように
威勢のいい声をあげた。

「さ!稽古、稽古!そろそろ弥彦が来る時刻だわ!あの子、京都から帰って以来、あなたにつきっきりで、
私の稽古を無視するのよ!?剣心からも言ってよね!?」

大きな足音をたて、まるで逃げるように道場へと駆けていく。
薫の黒髪と紅いりぼんがゆらゆらと揺れて、あっという間に姿が消えた。


再びひとりになった庭先で、苦笑いの後、大きなため息をつく。空を眺めれば入道雲が空の青を覆っていた。
自分の不器用さが滑稽で、自然に笑いがこみ上げてきた。


「まったく…拙者は…」


自嘲気味にひとりごちた後、

「さあ、夕餉の支度にとりかかるかな」


踵を返して厨に向かう剣心の後ろで、飛び立ったはずのかなりやが再び舞い戻って、木の枝に止まった。


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