かなりや~恋ごころ~ Category:かなりや Date:2013年02月10日 おはようございます。三連休の二日目です。今日のカテキン地方は、朝から良い天気です。少し冷たいけれど、気持ち良い朝です。バレンタインが近いですね。街を歩いていると、ピンクのハートが目につきますが、もう自分のことじゃないと思ってるんで(義理チョコさえも忘れていました…)全く興味が湧かず…あ、私の別宅のサイトでは今、バレンタイン特集を連載中なんですが、リアルな生活では全く何とも思わなくなってしまっております。息子や旦那の顔さえ浮かばず、デパートのエスカレーターに乗っているとき、「ああ、そーいえば…」と思い出したくらいで。いやいや、こんなことじゃいけませんね。いくつになっても、そう例えまもなく大台に乗るこのトシでも、甘い気持ちは持ち合わせなければ…いや、持てない…、無理だぁ(笑)でも、まあ、せめてもと思いまして、今日からしばらく連載。旧作「かなりや」を剣心、薫、恵の視点から、京都編のストーリーをお届けします。では、つづきから。 その瞬間、痛みよりも先に体が軽くなったような気がした。向けられた刃は確かに自分のわき腹をつき抜けたはずなのに。刃が刺さる瞬間、風が吹いたのを覚えている。それは体を冷やすような冷たいものではなく、あの男から流れる炎の風だった。熱い、と思った次の瞬間、皮膚がチリチリとして、ふわりと体が浮いた。―――もう、これで。剣心は熱風に煽られ体を反らせた。目の前に幾重にも積み重なる瓦礫が映る。もう、これで、終わる。そう思うことで、心が少し落ち着いた。例えこれであの男が生き延びても、再び力を蓄えるためにはかなりの時間が要するだろう。それまでにきっと、他の誰かが力をつけ、自分の変わりにこの国を守るだろう。ここまで戦ったことに、悔いはない。俺の役目は、もう、これで…意識がふっと失われかけたとき、剣心の脳裏に一人の少女の笑顔が浮かんだ。「剣心…一緒に東京に帰ろうね」優しい笑顔だった。自分の全てを許し、包み込むような笑顔を、少女はいつも向けてくれる。ああ、そうだ、約束したのだ。共に帰ろう、と。その時、緋村剣心の胸の中で、少女を思う気持が動いた。~かなりや~恋ごころ~ああ、そうか。俺は、あの少女にここまで魅かれていたのか…陽だまりのような笑顔。あの笑顔にもう一度会いたいと、強く思った。そして、生きたい、と思った。俺は帰ると約束したのだ。その約束を果たすために。少女の笑顔を涙で濡らさないために。そう思ったとき、剣心の体は猛烈な痛みに襲われた。業火に包まれた体は、剣心の目の前で燃え尽きた。不気味な笑いだけが耳に残っている。痛みをこらえ、滴る血を押さえた。ぬるりとした感覚が、傷の酷さを物語っていた。見れば足元に血溜まりができている。大量の血を流し、仲間に支えられ、何度も意識を失いかけ、それでもぎりぎりのところで息をしているのは、一目少女に会いたいからだ。きっと今頃は自分の身を案じているころだろう。早く帰って、安心させてやりたい。朝日が当たり始めたその道で、剣心は遠くで自分の名を呼ぶ声を聞いた。「剣心ッ!剣心ッ!!」薄れ行く意識の中、剣心の目に映ったのは、涙でくしゃくしゃになった薫の泣き顔だった。―――ああ、そんなに泣かないで。俺はあなたの涙を見るために帰ってきたのではないのだから。その思いを必死で伝えようとしたが、言葉が上手く出なかった。「た…だ…」「剣心!何も喋らないで!今、お医者さんに診てもらうからッ!」耳元で絶叫する薫の声は、既に剣心の耳には届いていなかった。柔らかな太陽が縁側を包み込んでいる。時折優しい風が吹き、庭をみつめる剣心の体を包む。鳥の鳴き声が近くで聞こえた。庭掃除をする薫は箒を動かす手を止め、周りの木々に視線を移す。「鳥ですねぇ。いい声だこと」すっかり白くなったその髪を一つにまとめあげ、薫は嬉しそうに言う。少し高い鳴き声の主は、その黄色が目立ち、すぐに薫に見つけられた。「ああ、これは確か…」「かなりや、という名でござるよ」確か昔、京都のとある屋敷で見たことがある。籠の中の黄色が黄金のようで驚いたことを思い出した。「なんとも綺麗な鳥ですこと。どこかで飼っていたのが、逃げたのかしら」「そうかもしれんな」庭に降り立ち、薫の隣に肩を並べた。ふと、横にいる薫の顔を見た。自分の体はまだ若いのに、隣に立つ薫の姿が既に初老になりかけていることに、剣心は違和感を感じながらもいつものとおりに話していた。「捕まえて飼い主をみつけたほうが…」と言いかけると、薫は静かに首を横に振った。「このままにしておきましょう。籠の中よりも外の方が自由に飛べますよ。」それもそうだ、と剣心は苦笑した。人間だとて同じこと。いつまでも籠の中では、息も詰まろう。「ねえ、あなた」薫は顔を向けずに話す。「私は、あなたと一緒になって、本当に幸せでしたよ。毎日がそりゃもう楽しくてねぇ。一日一日が短いとさえ感じるほどでした。あの鳥のように、何の迷いもなく、あなたの傍で、あなたを愛し、私は自由に生きることが出来ました。」「薫…殿…?」目の前の薫は、優しい瞳で剣心を見つめていた。やがてその顔は少女の頃の顔になり、薫はにっこりと最高の笑みを残し、踵を返した。「薫殿?薫…殿?か…お…る…!!」薫、と小さな叫び声をあげたところで、目を覚ました。目の前は見覚えのない天井。木目の部分が何かの目の玉のようで、剣心は顔を背けた。夢か…それにしても、寂しい夢だった。剣心は大きなため息をついた。痛みが全身を取り巻いていた。どこもかしこも自分の体ではないようだ。ゆっくりと深呼吸をし、自分のおかれた立場を考えた。少しずつ記憶が蘇ってくる。業火に包まれた男の笑い声。濛々とたちこめる煙、そして瓦礫の山。何度も気を失いかけて、その度に声をかけてくれたのは多分左之助だろう。そして、今もはっきりと覚えている薫の泣き声。剣心、剣心と自分の名を呼び泣いていた。ああ、そうだ。俺は…帰ってきたのだ。生きて、再び、帰ってきたのだ。この痛みは生きているからこその感覚だ。剣心はようやく安堵のため息をついた。ふと、左手に軽い重みを感じた。顔だけそちらに向ければ、包帯だらけの左手をしっかりと握り、布団に突っ伏して眠っている少女がいた。「薫…殿…」起き上がろうとしたが、体の自由が利かない。特に刺されたわき腹に激痛が走った。ううッ、と自然に呻き声が出た。今まで幾つかの戦いを経験してきたが、このような怪我は初めてだ。自分の意思とは関係なしに体が動かない状態に、怪我がどれほど酷かったのか改めて思いしった。今日は何月何日なのか、今、何時なのか、まったくわからない。ただ、昼でないことは窓から覗く月でわかった。ようやくの思いで、剣心は体を少しだけ薫のいる左側に向けた。それさえも時間がかかる。薫は相変わらず伏したままだ。ただ、決して左の手を離そうとはしなかった。ランプの灯ったこの病室は、おそらく京都の警察病院の一室だろう。この部屋にずっと薫はついてくれていたに違いない。薄暗い部屋の中、それでも薫の顔を何とか見ることができた。白くなめらかな頬に、手当てのための布が貼ってある。それは繋いだ手も同じだった。自分が戦っている間、薫も共に敵と戦っていたのだ。美しい顔や、しなやかな手に傷がついたことで、剣心の眉間に皺が寄る。志々雄との戦いの結末が、どういうものだったか、最終的には知らされていない。勝ったのか、負けたのか。志々雄は本当に死んだのか。そして、何より、仲間の安否も気にかかるところだった。聞きたいことが山ほどある。剣心は眠っている薫に声をかけた。「薫殿…薫殿…」しかし、何度呼んでも薫は伏したまま起きなかった。連日の看病疲れがたたっているのだろう。「まあ、いい。こうして生きて帰れたのだ。あとで尋ねる時間は十分にある。」剣心は小さく呟くと、再び目を閉じた。その時だ。「けん…」寝台の左側から、小さな声が聞こえた。「剣心…剣心」薫の声だ。「ああ、すまぬ、起こしてしまったようだな」そう言いかけて、それが薫の寝言だと気づいた。相変わらずの格好で薫は寝息をたてていた。「剣心…ね…帰ろうね…いっしょに…」「薫殿…」きっと夢を見ているのだろう。それは自分が東京から離れる夢か、それとも今生の別れになる夢か。いずれにしても、薫の心を脅かす夢に変わりはない。剣心の脳裏に、今までの薫との思い出が過ぎった。初めて出会った月の晩。次第に増えていく仲間たち。笑い、泣き、怒り、悲しみ、そして最後にまた笑う。いつしか、そんな生活が当たり前のようになっていた。だからこそ、東京を離れる時、あんなに辛かったのだ。正直、そんな感情など、てっきりどこかへ捨ててきたと思っていた。ただ流れるまま、何かの答えを探し、旅を続けた。そして、薫に会った。今から思えば、十年と言う歳月は、彼女に会うための長い長い布石だったのかもしれない。薫の目から涙が一筋流れた。痛みを堪え、ようやく手を伸ばしその涙を拭う。包帯で遮られているはずの指に、温かさが伝わった。薫の寝顔に、剣心はそっと誓う。わかっている。もう、どこにも、行かぬ。決して、離しはしない。繋がれた左手に少しだけ力を入れた。う…ん、と小さく身じろぐ。剣心の思いが通じたのか、その寝顔は幸せに満ちた顔だった。お帰りなさい、と言いながら薫が差し出した手を携えて、神谷家の門をくぐったあの日から一週間が経った。傷は駆けつけてくれた恵の治療の甲斐あって、順調に回復している。ただ、やはりまだ完全に治ったわけではない。ともすれば微熱に悩まされ、節々が痛むこともあった。それでも剣心は、生きることの喜びを感じていた。それが愛するひとのそばであるなら、尚更のこと。思いこそ伝えてはいなかったが、以前とは違う何かが、二人の心を通わせていた。「剣心?何をしているの?」「ああ、薫殿でござるか」昼下がりのひと時、庭に佇む剣心の背中に薫の声がかかった。少し呆れているのは、また恵の言いつけを破り、布団に横にならないからだ。「恵さんに言われたでしょう?傷は治っても、まだ完全に体力が回復したわけではないんだから、午後は少し横になりなさいって」両腕をわき腹に当て、仁王立ちで頬を膨らませている。その姿があまりに薫らしくて、剣心は思わず吹きだして笑った。「もう!人の気も知らないで!心配だから言うんだよ?」詰め寄る薫の表情は、真剣だ。その真剣さが嬉しかった。国を守るためとは言え、勝手に出て行った自分を、おかえりなさいの言葉で再び受け入れてくれた薫の優しさが、剣心に尚一層生きる気力を与えていた。愛しくて愛しくて、どうしようもなく愛しくて。けれどなかなかその気持を伝えることができなくて、つい、薫をじっと見つめてしまう。その視線に気が付いたのか、薫は頬を赤らめ話題を変えようと庭の木々に目を向けた。剣心に見つめられると、やはり胸が早鐘のように高鳴る。この音が剣心に聞こえてしまうのではないかと思うほど、だ。ふと、薫の視線が一点に集中した。大きな瞳を更に広げ、一心に何かを見つめている。「どうか、したでござるか?」剣心が心配そうに尋ねれば、薫はしーッと人差し指を口に当てた。静かに…薫の視線の先にいるものは、一羽の黄色い羽の持ち主…かなりやだ。「あれ、なんて言う鳥なの?」薫は決して視線を動かさずに尋ねた。「あれは…かなりや」と言いかけて、剣心は言いようのない恐怖に陥った。この場面、どこかで見たことがある。同じような場面は、その時剣心に苦痛を与えていたはずだ。そうだ、と思い出した。あれは京都の病院でのことだ。白べこに運ばれたのは、傷も大分癒えた頃であって、それまでは警察病院で治療を受けていたのだ。傷の痛みに意識が朦朧とする中、剣心は夢を見ていた。年老いた薫が、かなりやと共に自分の前から消えそうになる。そこで目覚めた。「薫殿ッ!」思わず剣心が大声を出した。行くな、と言って薫の手を掴んだ。「剣心?」突然掴まれた手と、悲しそうな表情を浮かべる剣心の顔を交互に見ながら、薫は瞠目していた。「どうしたの?」しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いた薫が、心配そうに尋ねた。「あ…あの…拙者…」離れるのが怖かった。傍にいて欲しいと思った。だからつい大声を出してしまったが、それが上手く伝わらない。剣心は「すまぬ」と言って、目を伏せた。ぴぴぴ、と空から声がする。枝に止まっていたかなりやが、剣心の声に驚いてその場を飛び立ったのだろう。「ああ、残念!もう少し見ていたかったのに」薫はかなりやの姿を目で追いながら、手を胸の前で組んだ。「でも、仕方が無いよね。鳥は自由に空を飛ぶのがいいんだものね。」薫は笑って剣心の顔を見た。「かなりやは飛んで行ってしまったけど、剣心は…」「え?」薫ははにかむように俯くと、「帰ってきてくれた」「薫…どの」体をもじもじと動かし、いたずらに指を絡ませている。顔を見なくても頬が赤くなっているのがわかった。「薫…ど」思わず、胸のうちを明かしそうになった。だが、言いかけたところで、薫はその言葉をかき消すように威勢のいい声をあげた。「さ!稽古、稽古!そろそろ弥彦が来る時刻だわ!あの子、京都から帰って以来、あなたにつきっきりで、私の稽古を無視するのよ!?剣心からも言ってよね!?」大きな足音をたて、まるで逃げるように道場へと駆けていく。薫の黒髪と紅いりぼんがゆらゆらと揺れて、あっという間に姿が消えた。再びひとりになった庭先で、苦笑いの後、大きなため息をつく。空を眺めれば入道雲が空の青を覆っていた。自分の不器用さが滑稽で、自然に笑いがこみ上げてきた。「まったく…拙者は…」自嘲気味にひとりごちた後、「さあ、夕餉の支度にとりかかるかな」踵を返して厨に向かう剣心の後ろで、飛び立ったはずのかなりやが再び舞い戻って、木の枝に止まった。 [20回]PR