かなりや~思慕①~ Category:かなりや Date:2013年02月25日 こんばんわ。先日見たDVDのショックが、今も続いております。いや、もう。何も言うまい。八重の桜を毎週見ています。勝先生もちゃんと出てますよ。私としては、川崎尚之助が好物なので(笑)さて、「かなりや~思慕~前編~」UPです。これは、薫視点。剣心一途な薫ちゃん。そういうところが、可愛くて仕方がない♪では、お付き合いのほど。 蛍火の中、節くれだった無骨な手が、薫の肩を突然抱き寄せた。不意な抱擁に、薫は息を飲む。(剣心…)好きで好きでたまらない男の体に抱き寄せられ、緋色の髪が薫の頬にふれた。その時、嫌な予感が薫を襲った。それは今朝から薫の中で少しずつ大きくなっていたものだ。さらに強く体を抱き寄せられたことで、その不安が増した。腕の力が強くなればなるほど、不吉な予感が当たる気がして、薫は少しだけ剣心の腕の中で身をよじった。(お願い…何も…言わないで…)そう言おうと思っていた。だが、それよりも先に、その言葉は発せられた。―――拙者は流浪人。また流れるでござる…初めて愛した男は、露草の香りがした。かなりや~思慕~どれだけ泣いたかわからない。多分、一生分の涙を流したと思う。布団にくるまり、耳を塞ぎ、両目をぎゅっとつむった。繰り返し襲う悲しみに、息が出来ない。ゆうべの剣心のぬくもりが、薫の体に甦るたび、しめつけられそうな感情に襲われた。なぜ、追わなかったのか。なぜ、止めなかったのか。旅立つ男の前に立ちはだかり、腕を開いて制止すればよかった。もしもここを去るのなら、私を殺して行くがいい、と脅し文句を投げつければよかった。恥じも何も全てかなぐり捨て、髪を振り乱し食い下がればよかったのだと、自分を責めた。重い体をゆっくり動かし、布団から這い出した。ふらふらと亡霊のように歩き、剣心の部屋をそっと覗く。もしや昨日のことは夢だったのかもしれないと、少しの期待を持って襖を開ければ、きちんと整理された部屋の片隅に、薫が二三日前に活けた花が、うな垂れたように萎んでいた。改めて現実を突きつけられ、薫は両手で顔を覆い、再び嗚咽を漏らした。弥彦の叱咤も、左之助の怒りも、今は薫を動かす力にはならない。目の前でただ泣くばかりの薫に、妙が優しい言葉をかけても、薫の心は荒んだままだった。そんな薫の心を動かしたのは、薫を一番敵視している恵の言葉だった。乱暴に障子を開けたあと、泣いてばかりの薫を煽った。あなたの剣さんに対する気持は、その程度のものだったの、と鼻でせせら笑った。この時ほど、恵を憎んだことはない。あなたに何がわかる…そう食い下がったとき、恵は言った。「さよならすら言ってもらえなかった私の気持は、あなたにはわからない」結局その言葉が、薫を動かすことになった。今、弥彦を連れて船に乗り甲板に立つ。少しずつ離れていく岸壁を見ながら、見送る妙の後ろで、黙って船を見つめる恵に向かって、薫は丁寧に頭を下げた。(恵さん…必ず…必ず剣心を連れてかえるから!)自然に両の拳に力が入る。もう泣くまい。剣心を慕う全ての人の思いを胸に、薫は心に誓った。船の進行方向に合わせるかのように、何十羽ものかもめがギーヨギーヨと鈍い声を出して飛び交っていた。乗り慣れない船に、もっと酔うかと思っていたが、存外平気な自分に驚いた。それよりも、京都の地に降り立つこと、その気持が薫の心を支えていた。実際こうして京の町を歩いてみると、すぐそこに剣心がいるようで、更に薫の心臓は高鳴る。早く…一分でも一秒でも早く会いたい。その、はやる気持が裏目に出た。弥彦が呆れたように「急ぐな!」と声をかけたにも関わらず、雑踏を足早に駆けて行ったのが悪かった。前方から来る大八車に気づかず、危うくぶつかりそうになったのだ。幸い正面衝突は避けたが、体ごと派手に地面に投げ出された。「痛ぁ~いッ!!」顔を歪め、腰に手をあて、やっとのことで体を起こした。「阿呆!どこ歩いてんねん!」大八車を引いた男は、捨て台詞と砂埃を残し、その場から逃げるように走り去って行った。「薫!」倒れた薫に、弥彦が慌てて近寄る。「ばかやろう!何やってんだよ」体と共に投げ出された杖と小さな風呂敷を拾いながら薫を見れば、一人の子供を連れた女性が、薫の体を抱き起こしていた。「あらまあ、派手に転びはって」年の頃なら二十代の中頃だろうか。美しい黒髪を後ろに一つ縛りにした女性は、薫の着物に付いた砂を、白くしなやかな指で払い落とした。「す、すみません!大丈夫ですから」人通りで派手に転んだ気恥ずかしさから、薫の顔は真っ赤に染まっていた。「ったく、何やってんだ!」弥彦が拾った荷物を持ちながら、二人に近寄った。「すいません、迷惑かけちまって」弥彦の言葉に、女性は優しい眼差しを向けた。女性の隣には小さな男の子が不思議そうな顔で薫と弥彦の顔を覗きこんでいる。「あかん、血出てるわ」見れば肘から血が流れている。女性は「ちょっと待っとき」と言うなり、巾着から手拭いを出し、びりびりと器用に破いた。「これを当てなはれ…そやな、あそこへ座りましょう」女性が指差した先は、毛氈が引かれている茶屋の店先だった。「京都に着いたばかりやろう?まあ、そんなん慌てんでも京都は逃げへんよ」女性の言葉に、薫と弥彦は恥ずかしそうに顔を見合わせた。気持ばかりが先走り、周りの状況が全く見えなかった。二人は女性に促されるままに、遠慮がちに台の隅に腰を降ろした。運ばれてきた冷たい麦湯を口に流し込めば、慌てていた気持が次第に落ち着いてきた。薫はそこで改めて女性に頭を下げた。「何言うてますの、困ったときはお互い様や、なあ、伊織」伊織と呼ばれた幼子は、嬉しそうに弥彦に手を出した。「あくす、あくす」あくす、と言われて、怪訝な顔をする弥彦に、女性は笑う。「握手の意味ですねん。『あくしゅ』ってまだ上手いこと言われへんの。おかしいやろ?」そう説明されて合点がいった弥彦が、改めて伊織に手を出した。「おう!よろしくな!」弥彦の手に小さな手が重なった。「前にうちに来たお客はんが、この子のことよう可愛がってくれはって…。こないして『あくす、あくす』って伊織とやってはったんよ。」弥彦と伊織が仲良く手を合わせる姿を、女性は嬉しそうに見ていた。「お二人はどっから来はったの?」「東京です。ちょっと人探しに」「おやまあ、こんな遠くまで。」驚いて言った後に「ええお人なん?」と耳元で囁いた。「い、いえ、違います!そんなんじゃ…」と否定しながらもしどろもどろになる薫を見て、女性は声を出して笑った。「あー、図星やな。隠さんでもええよ。でも、わざわざ東京からこないなところまで来はるなんて、本当に大切なお人なんやねぇ」「…は・はぁ…」俯きがちに指を絡ませる薫に、女性は言った。「思いは通じる、そう信じていれば、きっと願い事は叶う。うちはそう思います」「あの…?」「何事も諦めたら終わりや思います。思い続ければ、きっと願い事は叶うはずです。だから、あんさんも頑張ってな。諦めたらあかんで?」女性はそう言うと「ほな、うちはもう行かんと。主人が向こうの店で待ってますねん。」伊織、と声をかけて抱き上げる。伊織は「あくす、あくす」と嬉しそうに二人の前に手を差し出した。「本当にありがとうございました。」「お世話になりました」小さな手が薫の手に触れた。その時、何故か剣心の手のぬくもりを思い出した。深々と頭を下げながら、薫は温かな感触が残る自分の右手を見つめていた。 [9回]PR