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ウタカタノユメ

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地獄の天女②

こんばんわ。

ここ一週間ほどで、大分秋らしくなってきました。と言っても、朝夕だけですけどね。
日中は、結構暑いです。まだ半袖でも十分いける。

無事にお江戸のお祭りも終わったようですね。今年は実写化の影響で、お客さんも多かったでしょう。
年齢ってあんまり関係ないかもしれないけれど、やっぱりこのトシになるとなかなか行けませんねぇ。若いうちに、やりたいことたくさんやるって、すごくいいことです。

さて、「地獄の熟女」②UPします。
よろしければ、お付き合い下さい。





緋村と言う男は、実に不思議な男だった。
まるで風のような掴みどころがないのは、何故だろう。そばにいるのに、少し距離をおいているのは、自分の思い違いだろうか。そして、時々遠くを見ている。
だが、一番優しい笑顔を、この道場の師範代に向けていることは、本人も気づかないようだ。三十路に手が届く男が、十も離れた小娘に、あんな笑顔ができるものなのだ。恵は少し気が悪い。これを嫉妬と言うのだろうか。それでも、少しずつここの暮らしに慣れてきたとき、トリ頭の男が恵の過去を問い詰めた。舎弟が、阿片で命を落としたと。

「てめえ…何しやがった…」

あたしの作った薬さえなければ、トリ頭の舎弟だって、あの忌まわしき部屋で我を失いただ快感に身を委ねている人たちだって、まともな生活をしていたはず。
トリ頭の言葉が、恵を動かした。

あたしが殺す。

観柳。これ以上、あんたの勝手は許さない。あんたを殺して、あたしも死ぬわ。あんたとあたしは一蓮托生。地獄の道行と、いこうじゃないの。
観柳の屋敷に行くまでの間、不思議と恵は恐怖を感じなかった。たぶん、あのお庭番衆があたしを待っている。そしてあたしは折檻されるか、殺されるかのどっちかなんだわ。
けど、もう命なんて惜しくないのよ。あんたを殺すことが出来れば、あたしの心は軽くなる。あたしは観柳を殺して救われるのだ。

幸せになんかなっちゃいけない。
あたしの運命なのだと、この何年かは思ってきた。いや、思わされてきた。
人の命を軽んじてきた…例えそれが命令だったにしても…罰なのだと、恵はぎゅっと唇を噛む。
こんなときだから、あの飄々とした男の顔が浮かんだ。
短かったけど、剣さん。
本当にありがとう。それから、道場のみんなも。
一歩、また一歩、地獄の門が近づいて来る。
ほうら、見えた。地獄の門番が立っているじゃないか。
「そこを開けなさいよ。高荷恵のご帰還よ」
できるだけ高飛車に、恵はぴんと背中を張った。

命の重さとは何だろう。
目の前の観柳を見ていて思う。あたしが今、この短剣を振り下ろせば、多分この男は死ぬのだ。動脈を切ってやれば、あっという間だ。
さんざん、いたぶられてきた。それでも。
――生かさねばならぬか
脳裏に浮かぶのは剣心の顔。
剣さん、こんな男でも、殺しちゃ駄目ですか?
その迷いが、一瞬の隙を突かれた。あえなく恵の短剣は振り落とされ、逆上した観柳に殴られ、蹴られた。
「この裏切りを許しませんよ!?あなたは!私の!…私の気持ちを踏みにじった!!」
死ね!死ね!死ね!
観柳は恵をなぐり殺す寸前までいった。側近の一人が「観柳様!恵を殺せば阿片が製造できなくなります!」
その一言で、観柳の動きは止まった。既に恵は失神状態だった。

気づいたときは、既に別室に移され、監禁状態となっていた。鍵がかかって部屋からは出られない。体中が痛み、ようやく手足を動かせるほどだ。それでも、恵は這うようにして窓際に行き、外を見た。その光景に思わず体がすくんだ。
広い庭に、所狭しと男たちが…しかも普通の男ではなく、血に飢えたような猛者ばかりがのた打ち回っている。
――これは…!?何が起こった?
まさか、蒼紫が観柳に反旗を翻したのか?それも有り得る。もともとあの二人は理解しあっているわけではない。たまたま互いの利益になることだから、手を組んでいるだけのこと。その絆は紙くず程度だ。

それにしても…何故…

だが、恵はもう考えるのをそこでやめた。
観柳が今どうなっているかはわからないが、追い詰められていることは確かなようだ。それならば警察の手もじきに自分の所へ下るだろう。
裁きを受けるのが筋かもしれないが、もう生きているのも面倒だった。
どうせ観柳は死刑になる。ならば自分も同罪だ。好むと好まざると、二人は同じ穴のむじな。一蓮托生だ。

「それなら、もう、死ぬよりほか、ないわねぇ」

恵はまるで他人事のように呟いた。
背中を壁際に預け、目を閉じた。会津の懐かしい風景を思い出したとき、不覚にも目から水がこぼれた。
「…こんなときでさえ、泣けるなんてね」
ふう、と大きなため息をもらす。
もし、もう少し早く、神谷道場の面々と会えていたなら、自分はここまで落ちてはいなかっただろうか…いや、そんなことを今さら考えても、詮無いこと。現在(いま)の自分が、全てだ。そこに「もしも」や「たとえ」を口に出したら、自分が作った阿片で人生を狂わせた人たちの苦しみを、無駄にすることになる。現在(いま)を受け入れ、それ相応の結果を出さなければ、彼らは救われない。
よっこらしょ…恵はわざと素っ頓狂な声を出した。せめて、死ぬ前は少し明るく笑ってみよう。もう、この世で笑うことはないのだから。

「それじゃあ、さようなら。おさらば、ごめんなすって」

帯の隙間に隠していた短剣で、左手首に刃を当てた。手前に思い切り右手を引こうとした時、

「あー、まどろっこしい!」
鍵のかかっているはずの扉が大きな音をたてて蹴破られた。
「!?」
反射で身を縮こませた。ドアの向こうには、剣心と左之助、そして弥彦までが顔を揃えている。
「剣さん…」
見るからに、満身創痍。階下での戦いは、壮絶を極めたか。その相手が観柳でないことぐらい恵にはわかっていた。
三人の目に、恵の右手の短剣が映った。
「めぐみぃ…」
弥彦が情けない声を出す。その声に、力なく恵は笑った。
「こうするしか方法はないと思うのよ」
だって、そうでしょ?あたしは、とんでもないことをしちゃったんだから。
「恵殿」
剣心の声を聞いて、心が少し揺れた。こんなとき、剣心を思う自分の心に気づく。ああ、やっぱりあたし、この人の事、好きなんだわ…
「謝ってすむ話じゃないって分かってます。だから…」
「自害するってか?」
左之助が責めるような声を出す。
「あなたたちを巻き込んでごめんなさい…」
恵の持つ短剣が、左手首を切りつけようとしたその瞬間、左之助が動いた。

「ばかやろう!!」

刃を素手でぎゅっと握った。ぶしゅっと音をたてて、左之助の指から血飛沫があがる。だが、左之助は全くそれに動じず、目の前の恵を見下ろした。
「おめえは、ここまで来た剣心や弥彦の気持ちを踏みにじるのか!?」
「…」
左之助の肩越しに、立ちすくむ二人を見た。二人とも、悲しそうな目をしていた。
「恵ぃ…死ぬなんて言うなよ…俺、お前に命助けられて、すっげえ感謝してるんだ。」
日ごろのふてぶてしい態度が嘘のように、弥彦の声が震えている。
「…だって、どうしようもないじゃない。あたしは取り返しのつかない罪を犯してしまったのよ?」
阿片に関わる者は、おそらく極刑を免れない。
「恵殿…」
剣心は何かを訴えようとして、だが、言葉を飲み込んでいる。
「でも、そうね…自分で死を選ぶのは、確かに卑怯かもね」
左之助…
恵は持っていた短剣を、床上に放り投げた。そして、帯の間に挟み込んでいた手拭いを取り出し、ぴりぴりと縦に裂いた。
「…あんたは、こうやって、すぐに無茶するのよね。指先は神経が集まってて、出血がひどくなるのよ?」
ぐるぐると切れ端を傷口に巻いた。左之助の表情は複雑だ。
「…自首します。ちょうど警察がいるんでしょ?」
「恵殿…死罪覚悟の上でござるか?」
背中を向けた恵に、剣心が声をかけた。
恵は一度立ち止まり、「…はい」と、背中で答えた。


あれから、何年が経ったか。
今、こうして女先生と言われて、辛うじて独り立ちできるのも、緋村剣心と相良左之助、そして明神弥彦のおかげであると、恵は懐かしむ。もちろん、そこには神谷薫の陰日向ない協力があってこそ、と承知している。
恵は、今は遠く離れた東京にいる人の顔を思い浮かべた。今頃は、何をしているのだろうか。相も変わらず、薫の尻に敷かれて、洗濯や掃除にいそしむ日々か…その姿を思い浮かべるたびに、自然に笑みがこぼれた。

――あの日。

自首をするという恵の言葉を遮ったのは、他の誰でもない緋村剣心だった。
恵の罪を庇い、警察の取り調べからも便宜を図るよう、取り計らったのも剣心である。もちろん、後にも先にもその手を使ったのはその時限りである。ただし、裏で何か大きな力が働き、「超法規的な措置」であったことが判明したのは、かなり先の話であったが。
あの日、初めて剣心が「抜刀斎」であることを知った。そして、死を持って罪を償うことよりも、人を活かし、助けることで、明治の世を生きる剣心の姿を見て、自らもその道を行こうと決心した。

「医者になるでござるよ。」

剣心が導いてくれた生き方を、今、着実に歩んでいる。
自分の犯した罪が、簡単に赦されるとは思っていない。生涯、命の重さをこの身に抱えながら、生きていく。恵の脳裏に今でもはっきり焼きつく、あの「阿片の部屋」での情景を、死ぬまで忘れてはならぬのだ。そして、その上で、剣心がそうしたように、自分も人の命を救っていくのだ。
「…たまには、手紙(ふみ)でも書いてみようか」
元気です、と。そして、この道を選んでよかったと、改めてあの人に伝えよう。
地獄の天女は、本当の天女に少しでも近づけただろうか。いや、天女を語るには、まだ赦されていない。だが…剣心から与えられた二度目の人生を、悔いることなく歩んでいく。それが今の自分に精いっぱいできること…

恵は縁側に出て外を見た。まもなく、この地にも冬が訪れる。少し冷たい風に吹かれ、恵はひとつ、小さなくしゃみをした。

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