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ウタカタノユメ

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笑顔の行方

こんばんわ。
少し間があいてしまいました。その間に、季節はすっかり冬。街はクリスマス一色ですね。
このトシになると、昔ほどクリスマスに執着しなくなるので(笑)どこか他人事のように感じてしまいます。クリスマスイルミネーションも、全国各地、もっと細かく言うなら、うちの町内の分譲地でも、競うようにデコレーションしています。思わず、「電気代、かかるんだろうなぁ」と思ってしまうのは、私がおばちゃんだからですね。

最近、pixivに登録しまして、そちらのほうに別ジャンルでR18作品を投稿しているのですが、るろ剣の投稿を見つけまして、結構楽しんでいます。小説だったり、漫画だったりイラストだったりとさまざまですが、斜陽ジャンルと言われても、やっぱり好きなものは好き!書(描)いてくれる同志がいるんだな~と嬉しくなりました。

さて、今回のお話は、旧作から引っ張って来ました。師走のひと時を書いたストーリーです。
よろしければ、是非、お立ち寄りください。






風が雪の匂いを運んでくる頃、剣心の笑顔は心なしか少なくなる。
毎日一緒にいるのだから、気がつかないわけ無い。知らない振りをして「どうしたの?」と問えば、「何でもない」と首を横に振り、困ったような笑顔を返してくる。
わかっている。
あなたの一番辛い季節なのだから。

「寒み~~ィッ!!」


そう言って障子をバタンと乱暴に開け、駆け込んで来たのは、たった今出稽古から帰って来たばかりの弥彦だ。体を大袈裟にガタガタと震わせ、寒い寒いを連発しながら火鉢の傍に陣取った。
ほら、ごらん、私の言った通り、襟巻きをして正解だったわね、と勝ち誇ったように言えば、うるせえ、と頬を膨らませて憎まれ口を叩く。
こんな女みてえなもの、誰がしていくかと散々ごねていたくせに、帰って来たときの格好は、私が無理やり持たせた襟巻きをしっかり首に巻いていた。
それにしてもよ、と手を擦り合わせて、弥彦は私が出した熱い茶を、フーフーと冷ましながら一口飲んだあとに言った。
「こんな寒い日は、雪でも降るかもしれないぜ」
私は、ほんの少しだけ動きを止めたが、「そうね」と素っ気無く答えて立ち上がった。雪、と聞けば、どうしても心が落ち着かない。その心の戸惑いを、立ち上がる事で誤魔化してみた。障子を開いて縁側から空を見上げれば、鉛色の空から白い冬の使者が舞い降りてくるのがわかった。
「あんたの言うとおりだわ」
背中を向けたまま弥彦に言うと、「ほらな」と得意げに言って、また茶をすする。
私は、部屋に冷気が入り込むのもお構い無しに、地上に舞い落ちる白を見ていた。
(剣心は…大丈夫だろうか)
十も年上の人なのに、私は彼がどこかで泣いているのではないかと思っていた。そう、この雪を見ながら。
あの女性(ひと)のことを思い出しながら。


「そういえば」
弥彦は、思い出したように顔を上げた。
「剣心のヤツ、こんな寒い日に、川岸でぼんやりと座っていたぞ。何か考え事でもしていたのかな」
声を掛けようと思ったが、どうもそんな雰囲気ではなかった、と弥彦は付け加えた。
「どこで?」
わかっていたけど、わざと知らない振りをして尋ねた。
「さいわい橋のたもと。河原に座って、ずっと川面を眺めていたぞ」
私は、そう…とだけ答えた。
あの人は、雪のにおいがわかる人だ。おそらく、一人で彼女を思い、偲んでいるのだろう。
私は、少しだけ、苛立っていた。
仕方のないことだとは承知している。
私の知らない時を育んでいた二人の間に、入り込む隙間などこれっぽっちもありはしない。相手が既にこの世の者ではなく、私と剣心が思いを寄せあった今でも、彼は彼女を忘れはしない。
だけど。
一人で空を見上げ、悲しそうな顔をする彼を見ていると、たまらない気持ちになる。そして、私は、空を見上げて必ずこう思うのだ。


―――どうか、あの人の笑顔を、私に返してください。あの人を悲しみから解放してあげてください。


おそらく今も、彼はさいわい橋のたもとで、舞い落ちる雪を、悲しい顔で見ているに違いない。私の脳裏に、剣心の背中が浮かんだ。


「弥彦、留守番頼む…」


私は、言い終わらないうちに、部屋を出ていた。弥彦が私の名を呼んだ気がしたが、振り返る事などしなかった。
傘を掴むと、私は走り出した。雪があとからあとから降り積もり、あっという間に周りの色を消していく。
剣心が、一人で悲しみを背負う事が、私には悲しかった。
もしかしたら、私が立ち入ってはいけないことなのかもしれない。
それでも、あの人の笑顔がこれ以上悲しみを帯びたものになることが、私にはどうしても耐えられなかったのだ。
せめて、傍にいたい。
隣りではなく、後ろでもいい。あの人のそばにいて、同じ時を共有したかった。なくならない悲しみを、少しでもどこかに押し上げてみたかった。


今から思えば、私は随分妙な格好をしていたのだろう。行きかう人が、多分すれ違いざまに私の奇妙ななりを怪訝な目で見ていたのだろうが、その時はそんなことは全く気にならなかった。それほど、私は他に何も考えられなかったのだ。


「薫…殿」


肩で息をして苦しそうにしている私を、剣心は驚いたような目で見ている。
「けん…しん…」
「どうしたでござるか?そんなに慌てて!」


良かった。


泣いていない。


剣心の姿を見た瞬間、私は腰から力が抜けたように、その場に座り込んだ。剣心は慌てて私の元に駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んでいる。彼の顔を見ていたら、視界が涙でぼやけてきた。
「薫殿?どうかしたのでござるか?」
「剣心…けんしん…けんしんッ!!」
私は、周りを憚ることなく、剣心の胸に飛び込んでいた。


剣心はしばらくの間、私の肩を優しく抱きとめていてくれた。本当は私が彼を慰めようとして、彼の元まで来たのに、情けない事にこうして反対に慰められている。流していた涙が、次第に気恥ずかしさに変わっていった。
「薫殿。よくその格好で、ここまで来たでござるなァ」
私が落ち着いたのを見計らって、剣心は改めて私を見た。
剣心に言われて、初めて自分の格好に気がついた。私は、草履も履かないで、傘を握ったまま走ってきたらしい。足元を見やれば、今朝おろしたばかりの足袋が、泥で真っ黒に汚れていた。
「あ…」
私は恥ずかしさで言葉を失い、黙って俯いていた。
剣心はそんな私の顔を、両手で包んだ。ひやり、と冷たさが頬に伝わる。こんなに冷たくなるまで、彼はこの場所に一人でいたのか。私は、再び、切なさで涙を流した。
「どうしたでござるか?こんなに慌てて…」
私の目からこぼれた一筋の涙が、彼の中指に伝った。
「剣心が、泣いていると思ったから…」
私は、彼の手の上に、自分の手を重ねた。
「雪が降ってきたから。巴さんを思い出して、ひとりで泣いているんじゃないかって思ったら、居ても立ってもいられなくて。」
私の言葉がいい終わらない内に、剣心は私を引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。触れた部分から、ぬくもりが伝わってくる。ふと気がつけば、彼の緋色の髪に、白い雪が舞い降りて、美しく彩っている。
「すまぬ。心配をかけた…」
そう詫びる剣心の声が、少し掠れていたのは私の聞き違いだろうか。
「花を…」
剣心は私の体を元に戻すと、自分が先ほどまで座っていた場所を指差した。
「花を見つけたでござるよ。」
「花?」
「ああ、そうでござる。この寒空に、一輪だけ美しい花を咲かせていた。」
剣心は私の手を取って、その位置まで連れて行く。
「水仙…」
そこには薄い黄色の水仙が、一輪だけ植わっていた。
「凛として、ただひたすら真っ直ぐに咲く。思わずこれに見とれていたら、時間を忘れてしまっていた。」
「あの…私…」
巴さんの事を思いながら、一人で悲しい思いをしているのかと思った、と言いかけて、言葉を遮られた。
「まるで、薫殿のような花でござる。」
「わたし?」
「ああ、そうでござる。どんなに辛いことがあっても、決して負けない強い心。本当は影で一人で泣く事もあるだろうに、決してそれを表に出さず、いつも笑っていられる強さ。その強さに、どれだけ拙者は支えられてきた事か。」
剣心は、水仙の花びらにうっすらと付いた雪を、優しく取り除いた。
「巴もちゃんとわかっていてくれるはず。拙者が薫殿に、すっかり心を奪われている事を。」
剣心は悪戯な目をして、空を見上げた。いつの間にか、雪は止んでいた。
「辛い、と思っていた。特に、雪は嫌いだった。でも、自分が犯してしまったことだから、その辛さに耐えなければいけない、とずっと思っていたでござる。でも、今は、薫殿が傍にいてくれる。薫殿が拙者に乗り越える力を与えてくれる。」
「…剣心…」
涙で霞んで剣心の姿が見えない。
この人は、やっぱり、泣いていたのだ。心の中で。たった一人で。


私は、剣心の手を力強く握った。同時に剣心も私の手を握り返してきた。
「さあ、帰ろう。こんなところに長居をしていたら、薫殿が風邪をひく。」
剣心は私の首に、自分が巻いていた襟巻きをかけた。
「拙者の背中に…その足では帰れぬだろう?」
剣心は私の足元を指差して、自分におぶさるように促した。
私は少しだけ躊躇ったが、剣心の背中に自分の体を預けた。いつもと同じ背中が、今日はやけに温かに感じられる。
通り過ぎる人が、冷やかしの目で私と剣心を見る。それでも剣心はさして気にもしていないようだ。
すっかり冷えた私の体を背負いながら、剣心は小さな声で呟く。
「薫殿。ありがとう」
私は、返事の代わりに、肩に回した手に力を込めた。
「こんなに冷えた体では、すぐに風呂に入らねば。」
そう言って立ち止まると、顔を私の方に向けてニヤッと笑った。
「一緒に…入るでござるか?」
「…!!」
真っ赤になった私の顔を見ながら、剣心は声を出して笑った。その笑い顔は、時折見せた悲しげなものではなかった。
それが嬉しくて、私も背中に顔を埋めて笑っていた。


良かった
あなたの笑顔、戻ってきて…


私は空に向かって、「ありがとう」と小さく呟いていた。

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