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ウタカタノユメ

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くらくら

こんばんわ。

新作をUPしました。
一話完結。その名も「くらくら」(笑)

風邪でくらくらなのか、君にくらくらなのか。どっちだ?どっちも?
時系列ではありますが、リアルな季節とは逆の季節なので、ちょっと季節感ないかもしれませんが。ご容赦を。

では、続きからどうぞ。





朝からなんとなくだるくて、目が覚めた。
季節はすでに春を終え、まもなく初夏がやってこようというある朝の事である。
神谷道場に居候して、早三ヶ月。ここの暮らしに慣れてしまっている自分に戸惑いながらも、居心地の良さについ長居をしている。いつまでもここにとどまることが、許されるわけはない、と言い聞かせているものの、自分の中で理由を探してはここにいる。
何故理由を探すのかも、わかっているのに知らない振りをして自分を誤魔化す。その繰り返しの日々。そんな中…

「…いかん。そろそろ起きなければ」

布団から出ようとして、くらり、と視界が歪んだ。あれ、と思った瞬間、意識が飛んで布
団に沈んだ。
ふわふわと体が飛んでいるようだ。
少し息があがっているのは、何故だろう。だが、苦しくはない。いや、むしろ、心地よいほどだ。
遠くで、だれかが呼ぶ声がした。自分の名前を、ひどく物悲しい声で呼んでいる。

どこかで…

ああ、そうだ。忘れるはずがない。自分は、いつのまにかこの声のそばにいることが当たり前になってしまって。どんな雑踏の中でも、決して聞き逃すことのない、今、一番愛しい声だ。

――けんしん。剣心!剣心ッ!!

そこで、目が覚めた。どうやら自分は布団の上で寝かされていて、目の前に見るのは見慣れた天井の木目と、心配そうに見下ろす涙に濡れた顔。
すまない。朝餉の支度をせねばな。ちょっと待って、今起きるから。そう思ってみたものの、どうも様子がおかしい。

「…かおる…どの?」

ようやくの思いで声を出した。
「剣心!!剣心!!」
揺り動かされて頭がくらくらする。
「おバカ!揺らすんじゃないの!!」
そばでこれまた聞き覚えのある声は、玄斎の元に住み込みで働く恵だ。
「おおお??剣心、生き返ったぞ!?」
威勢のいい声は、生意気盛りの小童で、「んだよ、くたばったんじゃねーのかよ!」と面白そうに覗き込むのは、背中に悪を背負うトリ頭。

「あ…?せ、拙者…」

一体、どうしたのだ、と言う前に、薫がすべてを説明してくれた。

「昨日の朝、なかなか起きてこないから、様子を見に行ったらあなた布団で倒れていたのよ?」
「拙者が?」

そういえば、ふわりと体が浮いたような感覚を、何となくだが覚えている。
「それから、全く意識がなくて。というより、息はしてるんだけど、全然起きないのよ。熱が高くてもうどうなることかと思ったわ!良かった~生きててくれて!!」
言えば言うほど涙が出てくるようで、ぐしゅぐしゅと洟をすする音が言葉を邪魔する。

「剣さん、どうですか?ご気分は?」

恵の声は、医者としての声だ。失礼、と言って、額に手を当て、さらに手首に指を当て脈を取る。
「まだ少し熱がありますけど、大分昨日よりはよくなりましたね」
良かった、とこれは剣心を思う声だ。

「ちぇー、つまんねえ!稀代の剣客、ついにくたばる!?ってな感じで、案外面白かったのによ」

と、左之助の冗談は容赦ない。もちろん、薬箱の角で恵に背後からぶっ叩かれたのは言うまでもない。
「良かったな、薫。お前、まあ、ひどい騒ぎだったから。」
「な、なによ!」
生意気な小童は、全てを知り尽くしたかのように、小鼻をひくつかせた。

「こいつ、昨日、一睡もしないで、お前のそばにいたんだぜ?」

飯も食わず、よく保つよな~と肩をすくめた。
「そうで…ござるのか?」
剣心は薫の顔を見た。
「な、なによ、心配しちゃいけないの?」
唇を尖らせて、両方の指先を絡める。
「だって、本当に死んじゃうかとおもったんだもの。ずっとうなされてて、呼吸も粗いし、名前呼んでも反応ないし。だから、恵さんにすぐに来てもらったの」
「おう、夜中、恵の所まで薫が呼びに行ったんだぜ?」

夜中に…薫殿一人で行ったと言うのか…

「…なぜ、そんな無茶を…」
「だから!あなたが死んじゃうと思ったからよ!」

もう…何度も言わせないでよ。

薫は「あたし、夕飯の用意してくるから!」
と、部屋を飛び出すように出て行った。

その後、恵は薬を置いて帰って行った。玄斎も一人で患者を診ており、忙しいに違いない。
左之助は、さんざん二人をからかったあと、「よしよし、これで一件落着」と言って、賭場に出かけてしまった。
弥彦はすでに道場で今日の稽古を始めている。
剣心の元気な姿を見て、全員が安心し、元の場所へ戻って行く。
剣心は、横になりながら、今の自分を少し不思議に考えていた。

「拙者を心配してくれるなどと…」

人の優しさに、慣れていない。
人と関わることを避けていた男は、困ったような、でも、どことなく嬉しそうな表情を浮かべて、頭をぽりぽり掻いた。

「入るわよ」
薫がやや遠慮がちに、障子の向こうで声をかけた。
「ああ、どうぞ」
剣心もややかすれ気味の声で返事をする。
少し、照れがある。互いに、だ。倒れていたとはいえ、自分をさらけ出してしまったようで、なんだか居心地が悪い。
「夕食、持ってきたわ。」
ああ、すまない、と起きかけて、くらり、と再び体が動いた。と言っても、倒れるほどではない。ずっと寝ていたから、体自体がまだ目覚めていないだけだ。
薫はすかさず、剣心を支えた。無意識のうちに、その両腕は剣心の背中を包み込んだ。
背中に、温かさを感じる。初めて触れる、薫の肌。

「ご、ごめんなさい。あ、でも、大丈夫?夕食、あとにする?」

しどろもどろに言う薫の、恥じらう顔が愛しかった。

「薫殿…」

離れようとした手を、思わず掴んでしまった。自分でも驚いた。
薫の、息を呑みこむ音がした。

「しばらく…そのままで」

病気を理由に、少し甘えても罪にはならないだろうか。
今の時間だけ、この少女を独占してしまって構わないか…
「剣心…疲れが出たんですって。だから、一気に熱が出て意識も朦朧としたんだろうって」
剣心の背中を支えながら、薫が言った。そして、「良かった、目を覚ましてくれて」とかすれ声で呟く。
もう、一人はごめんだ。
人から何と言われようと、私はこの人が好きなのだから。
「どうする?横になる?食事は後?」
そのままの姿勢で薫は剣心に尋ねた。
「ああ。せっかく作ってくれたから。いただくよ」
触れていた背中が、軽くなる。
薫が体を離したら、いつもと同じ状況だ。素直に、さびしい、と思ってしまった。
「お粥、あんまり上手じゃないけれど」
確かに、見た目はよろしくない。それでも、一生懸命作ってくれたのならば、これに勝るものはない。

「いや、本当に…嬉しかった」

剣心は、薫を見つめた。
薫も、剣心の魔術にかかったかのように、身動きが出来ない。
「いただくでござるよ」
惜しむように手を離した。
もう、それきり、つなぐことはなかったけれど。
ほんのひととき、心が通ったようで、剣心は心の中に灯りがともったような、そんな気がしてならなかった。

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