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ウタカタノユメ

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おんなともだち①

こんばんわ。
いつのまにか9月になっておりました。
ここのところ、忙しい毎日でして、夏の疲れも合わさって、そろそろぶっ倒れそうな気が…。ぶっ倒れる前に、作品UPしなければ…

今回は旧作です。

結婚前にどうしても話しておきたいことがありました…
薫ちゃんの思いが募ります。

では、どうぞごゆっくりと。




大嫌いだったはずの彼女-高荷恵-が、この街を出る、と聞いたときから、私の心には、嵐のような風が吹き始めた。



 



 



おんなともだち



 



 



確か、暑い日だったと思う。朝からやけにセミの鳴き声が癇に障った。仕方がないとわかっていても、この暑さに加えてセミたちの大合唱は、うんざりだ。



その日は、剣心の診察の日で、いつものように昼食が終わると、私は剣心や弥彦とともに、玄斎先生の家へ向かった。



「まだ、痛む?」と聞けば、「少しだけ。でも、だいぶ治まったでござるよ」と、いつもの笑顔が返ってきた。



「やっぱり、名医ね」



「恵殿でござるか?」



そうよ、と私は答えた。



「あったりめえじゃねえか。今頃気付いたのか?」



私の後ろで弥彦が口をはさんだ。私は振り向きざまに、あっかんべえ、と舌を出した。



何だか、恵さんのことを褒めると、剣心が心なしか嬉しそうな顔をするから、私は少しだけ嫉妬を覚えた。だから、ちょっと冷たく答えたのだ。だけど、剣心はそんなこと一向に構う気配も見せず、「さすがでござるな」と、ひとりブツブツと呟いていた。



考えてみれば、剣心が喜ぶのも無理はないのだ。だって、本当なら死罪を言い渡されてもおかしくない彼女を、まっとうな道に導いたのは、他の誰でもない、このひとなのだから。自ら命を絶とうとした恵さんに、「医者になれ」と諭し、生きる勇気を与えたのだから。



剣心の言いつけをしっかり守り、恵さんは今やこの界隈でも有名な「おんな先生」として、なくてはならない存在になった。玄斎先生と共に、この地域に住む人々の命を、守っているのだ。だから、突然



 



「会津に帰ろうと思います」



 



と言う、恵さんの口から出た言葉を、理解するまでに少し時間がかかった。



一瞬、頭の中が真っ白になり、言葉を言葉として受け入れようとしない自分がいることに気がついた。



私は、耳がおかしくなったのか?



慌てて周りを見回した。



剣心は、少し悲しそうな、でも優しい眼差しで恵さんを見ている。



左之助は、俯いていた。握った拳を、一度だけ震わせた。



我に返った私は、思わず剣心の名を呼んでいた。



恵さんのこと、大嫌いなはずなのに、この動揺はなぜなんだろう。



確かに京都の戦いや、今回の雪代縁との戦いでは、感謝しきれないほど世話になったけれど、やっぱりわたしにとっては犬猿の仲であることに、変わりはない。相変わらず、顔を見れば互いに嫌味の一言も出てくる。



次第に、驚きの感情から、怒りの感情がこみ上げてきた。大体から、何よ。今頃「会津に帰る」だなんて。剣心や弥彦の怪我だって、良くはなったとは言え、まだ完全じゃないのよ?それを放っておくつもり?何より、恵さんを待っている患者さんを、どうするのよ。



「恵さ…」



言いかけて、剣心に止められた。恵さんの選んだことに、口を出すな、と。これで、いいのでござる、と彼は付け加えた。



取り替えた包帯をくるくると膝上で回し終わると、恵さんは、ふう、と一息ついた。私たちは、何の言葉もなく、恵さんの手元を見ていた。



「それで、いつ発つのでござるか?」



沈黙を破ったのは、剣心だった。ようやく癒えた、けれど、まだ動かしにくそうな左腕を右手で軽くさすったあと、剣心は座りなおした。



「一週間後に発とうと思っています。けれど、気になる患者さんもいますし、玄斎先生の都合もあるでしょうから、あくまで予定ですけれど。」



一週間後…そんな早くに…もう、間もなくじゃない…



「ですから剣さん。剣さんにはどうしても伝えておかなければならないことがあります」



蝉の鳴き声が、一瞬止まった。



私は、次に発せられる恵さんの言葉、そして、恵さんがいなくなった将来(さき)を思い、得も知らぬ恐怖に襲われた。目に映る全てが、色を失っている。剣心の顔も、左之助のトリ頭も。ただ、恵さんの唇だけが、紅く美しく、そして艶かしく動いていた。



 



 



ゆっくり話すには、今夜しかない、と思った。



明日以降は、恵さんも引越しの準備に追われると言っていた。突然訪ねたら迷惑な顔をされることはわかっていたが、私は意を決して彼女を訪れることにした。



家を出るとき、訝しげに剣心が私の顔を覗き込んだ。



「今から、でござるか?」



「そう。今から。遅くなるから、先に寝ていて」



「そうはいかぬでござるよ。夜道の一人歩きは危険だ。迎えに行くから、大体何時ごろになるでござるか?」



雪代縁の事件以来、剣心は私の行動に敏感になっている。それが嬉しくもあるのだけれど、今日に限っては、その感情を封印した。



「時間なんてわからないわ。今日は、女同士なのよ。話し込んじゃうだろうし。と言っても、約束もしていないけれど。会えなかったら、すぐに帰るわ。もし遅くなったら、泊まらせてもらうもの。寝台くらい空いているでしょ」



私の強い決心に、渋々納得する剣心の見送りを受けて、私は家を出た。既に、陽は傾き、道と塀に長細い影が映った。



私は、まず、顔なじみの酒屋に寄った。酒を買うことに、何の躊躇いもないけれど、それは剣心の為に買うお酒だから。けれど、今夜のそれは、私たち女二人のためだけに飲まれる。そう思うと、何だか少し恥ずかしい気がした。女二人が、へべれけに酔っ払っている姿は、あまり褒められたものではない。けれど、それも今夜だけ、と自分に言い聞かせた。



 



秋とは言えども、残暑は厳しい。夕方の、いくらか過ごしやすくなった時間に撒いた打ち水も、たいした効き目は無く、肌にからみつく暑さが残っている。



小国診療所の玄関は、既に戸は閉まっていて、「本日終了」の札がかかっていた。私は引き戸を開けて、ごめんください、と声をかけた。しん、とした玄関に、私の声が響いた。もう何度も来ている場所なのに、目的が違うとこうも緊張するものなのか。はやる心に、私は「落ち着け、落ち着け」とひとりごちた。



別に、取って食われるわけじゃない。女同士の話をするだけなのだ。どんな会話になるかわからないが、自分の中でけじめをつけたいと思っていた。他愛もない内容でも構わない。何を話していいのかもわからない。けれど、とにかく恵さんと一緒の時間を作りたかった。



私はもう一度「ごめんください」と、声をかけた。



「はいはい、どちらさま?どうかしましたか?」



奥から声がして、襷を取りながら恵さんが玄関に現れた。



「あら。あなただったの」



私を見るなり、恵さんの声が低くなったのがわかった。予想通りの対応に、私は思わず苦笑を漏らした。



「忙しい?よね?」



突然の私の来訪に、恵さんは怪訝な顔で私の顔を見ている。



「なあに?忙しいのは当たり前でしょう?」



そう言った後、「剣さんに何かあったの?」と不安な表情を浮かべた。



ああ、そうだ。この表情は、京都で何度も見た顔だ。恵さんは、剣心のことになると、私以上に敏感になる。



「違うの。剣心は大丈夫よ。」



私の答えに、ほおっ、と安堵のため息を漏らした。



「じゃあ、何?あなたがどこか悪いの?」



「そうじゃないの。もし、恵さんがよければ、一緒に話でもしようかな、と思って。忙しいのはわかっていたんだけど、今日しか時間が取れそうもないし」



私は両手で、持参の酒を恵さんに見せた。



恵さんはしばらく呆れたように私の顔と、手に持った酒を交互に見ていたが、やがて大きなため息をついた。



「この先、もうゆっくり話せないでしょう?」



「ほんっとにあなたって、人の迷惑を考えない人ね。普通は、ちゃんと予め連絡よこすでしょう?」



「…ごめんなさい」



私は殊勝に頭を下げた。



「…今、丁度、魚が焼けたところなの。」



いらっしゃいよ、でもなければ、どうぞ、でもない。歓待の言葉などないけれど、その一言で、私は受け入れられたのだとわかった。腕組みをして私の顔を見る恵さんは、私の嬉しそうな顔を見て、二度目のため息をついた。



 



 



好都合と言っては玄斎先生に申し訳ないが、先生が不在ということで、ゆっくり話が出来る。私は、招かれた部屋に腰を降ろした。既に一人分の膳が中途半端に並べられていた。私が来たことで、準備が途中になってしまったのだろう。



恵さんは「ほら、ぼっとしていないで手伝いなさいよ」と言って、私を厨房に呼んだ。



「あんた、少しは料理をしているの?ちゃんとお菜は作れるの?」



てきぱきと手を動かしながら、私の顔を見ることもしない。



私は、茹でたばかりの菜っ葉を水につけた。



「ほら、あまり水にさらしすぎると、栄養が流れちゃうのよ?サッとさらせばいいの、サッと」



そう言われて、私は慌てて緑のかたまりを水の中からすくいあげた。



「お菜は、それでもちょっとくらいなら…でも、ほとんど剣心が作ってくれるから」



こうなると、私は分が悪い。料理が不得手な私に、恵さんは意地悪な質問を次から次へと投げかけてくる。



「呆れた!あなた、本当に女なの?」



「だって、剣心が無理しなくていいって言うから…」



「だからって、それを真に受けるほうがどうかしているわ。言葉の裏を読みなさいよね」



さんざん私に文句を言った後、恵さんはきれいに出来た煮物と、私が盛り付けた不恰好な菜っ葉のおひたしを盆に乗せた。



「人柄が、出るわね」



意地悪そうな目で、私を見ると、さあ、食べるわよ、と盆を運んだ。



 



私が買ってきたお酒は、そこそこ美味しいお酒らしい。私はあまり詳しくないのだけれど、恵さんは猪口に注がれたそれを鼻先に近づけ、軽く目を閉じた。



「あなたにしては、気が利いてるじゃないの」



こんな時の憎まれ口も忘れない。ただし、いつもなら気になる言葉が、今日は気になるどころか心地いいくらいだ。間もなくこれが聞けなくなるかと思うと、愛しささえ感じてくるから不思議だ。



「お酒はね、人の心を引き出してくれるのよ」



ぐい、と飲み干して、ふう、と満足そうに息をついた。私も真似して一口で飲み干す。味はわからないけれど、不味いとは思わなかった。



「百薬の長、とはよく言ったものね。適度な量なら薬にもなる。体だけじゃなくて、心にも効果があるということよ」



私は空になった猪口に、二杯目を注いだ。



他愛もない話が続いた。



今日の患者の話から、玄斎先生のこと、隣の飼い猫が魚を咥えて逃げた話やら、天気の話やら。私も同じように、今日一日のことを話した。けれど、肝心な話は、互いになかなか出てこない。どう切り出したらよいのか、その機会をつかめないでいる。時折目が合っても、恵さんはすぐに視線を外した。





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